第37話

 頭をチョップされた春樹はるきは「なに?」と顔だけを上げる。そのうらめしそうな表情に、秋斗あきとは思わずふき出した。

「はははっ、嘘噓、大嘘だよ。たしかに完璧超人みたいな奴はいたけど、のぞみは好きでもなかったし、付き合ってもないから安心しろ」


 あまりにもへこむ春樹が可哀そうだがなんだか面白くて、秋斗はお腹を抱えて笑った。春樹は訳がわからないままガバッと体を起こす。

「え、え? 噓なの?」

 身を乗り出して必死に確認する春樹の両肩に秋斗は手を置いた。

「ああ、噓だ噓。だから落ち着け」


 言われるがまま席に座った春樹は、「なんだ~」と胸をなでおろした。

「良かった……ん? 良かったのかな? そんな完璧な人を見てたなら俺なんて眼中にないんじゃ……!」

 安心したのもつかの間、また違う不安が出てきたようだ。春樹はわんわんと吠えながら頭を抱えてうなる。笑いがおさまった秋斗はいたって冷静に問いかけた。

「春樹はさ、希と恋人になりたいわけ?」

 そう聞くと、春樹はピタッと動きをとめる。数秒固まったあと、視線を上に向け、ゆっくりと首を傾げた。


「うーん、俺は秋斗も含めて三人で一緒にいるのが好きだし、今すぐどうこうなりたいとは思ってないけど。そうだな……いずれは付き合いたいと……思って、るよ……う、うわ~」

 言い終えると急に春樹は顔を赤くし、両手で顔をおおった。

倉田くらたさんと俺が……付き合う……ひぇ……」

 小声で呟いているが丸聞こえである。なにを妄想しているのか一人で言葉にならない声を発し、足をバタバタとし始めたタイミングで、配膳はいぜんロボットが料理を運んできた。


 秋斗は春樹を無視し、台の上から料理を取ってテーブルに乗せた。ロボットが「ごゆっくりどうぞ」と丁寧なあいさつをして帰っていく。

 近くの席に座っていた外国人らしきカップルは、しゃべる配膳ロボットが珍しいのか、スマホをロボットに向けながらはしゃいでいた。きっと写真か動画でも撮っているのだろう。


 そこでふと、秋斗は初めての英語の授業を思い出した。

 そういえばあのとき、こっちをめっちゃジロジロ見てくる奴がいたんだった。


 春樹の注文したハンバーグステーキが鉄板の上でジュウジュウと美味しそうな音を立てた。匂いと音につられて春樹が顔から手を離すと同時に、秋斗は「なあ」と声をかける。

「最初の英語の授業のとき、春樹さ、やたら俺と希のこと見てたよな?」

 すると、春樹の肩がビクッと揺れる。カトラリーケースからフォークとナイフを取り出そうとしていた手を止め、気まずそうに視線をはずした。


 当たりか。


 秋斗は背もたれに寄りかかった。

 となると春樹は入学してすぐから希のことを意識していたということになる。なにかきっかけがあるんだろうか。


 秋斗がだまっていると、春樹は居心地悪そうにボソボソと話し出した。

「だって、どうやったら仲良くなれるかなぁってずっと考えてたんだもん」

 頬をふくらませる彼を一瞥いちべつしてから、秋斗は「いただきます」と手を合わせ、スプーンを手に取る。注文したドリアを口に運びながら、あのときのことを思い返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る