第34話

 ――管理室の中は灯りがついていた。どうやら人がいるみたいだ。


 春樹はるきは自分の情報が合っていたことにホッと胸をなでおろす。

「良かった~これでなんとかなりそうだね」

「ああ、ちょうどいいかもな」

 秋斗あきとはにやりと口角をあげると、ヤクを振り返った。

「ヤク、中にいる管理人に憑依ひょういできるか?」

「ええ!」

 春樹は驚きの声をあげ、あわてて手で口を押さえた。管理人に聞こえたらまずい。


 のぞみ怪訝けげんな表情で「正気しょうき?」と声をひそめる。

「憑依できればその間は本人の意識はなくなるって佐伯さえきさんが言ってただろ? できそうか、ヤク」

「『なかなか面白い考えだな、少年』だってさ」

 希が小声で通訳をする。ヤクは意外とやる気のようだ。そうと決まれば早速と、ヤクは扉をすり抜けて管理室の中へと入っていった。


 数秒後、中年男性が中から出てきた。

「入れるぞ」

 疫病神が人に憑依すると、その人の意識はなくなる。佐伯の場合はイレギュラーだそうだが、基本的には疫病神の意思で自由に体を動かすことができ、会話も可能になるのだそうだ。本体の人間には憑依されている間の記憶は残らない。これを見越して佐伯はヤクを護衛(?)につけたのかもしれない。


 ……いや、あの探偵がそこまで考えているわけないか。秋斗はかぶりを振った。


 三人は早速管理室へと入り、商学部棟事務室の鍵をゲットした。

 憑依したままのヤクを残し、すぐさま事務室へと戻る。保管庫の暗証番号を入力し、中からビジネス経営論の試験問題をスマホで写真におさめた。春樹はこの科目を履修りしゅうしているため、見ないように手で目をおおっている。


 スムーズに試験問題を入手した三人は事務室の鍵を閉め、再び管理室へと向かい、事務室の鍵を返した。

 三人が管理室から退出したあと、ヤクは管理人の体から出てきて、何事もなかったかのように管理室をあとにした。


 *


 秋斗たちは急ぎ足で大学を去った。終電をのがしているので、24時間営業のファミレスに入る。ヤクは役目を終えたとばかりに、一足先に佐伯の元へ帰っていった。


「ふぅ~、なんかドキドキした~」

 春樹は椅子に座るなり、息を吐き出す。

「なんか怪盗みたいな気分だね」

 眠気のピークが過ぎ去ったのか、希はハキハキと発言した。ドリンクバーを注文し、三人は一息つく。


「あ~、でも、もうちょっと探検したかったな」

 春樹は物足りなそうな表情で頬づえをついた。希はなにか食べるつもりなのかメニューを広げながら、目線だけを春樹に向ける。

「探検っていったって別に面白いことないと思うけど」

「高校だと学校の七不思議、とかあったな」

 コーラを一口飲み、秋斗は会話に加わった。

「大学だって調べたら七不思議どころじゃなくて十不思議くらいあるかもしれないじゃん?」

 春樹は楽しそうに声をはずませた。


 深夜だから人は少ないかと思ったが、店内には意外と人がいる。パソコンをカタカタと操作している男性客もいれば、秋斗たちと同い歳くらいの女性グループが顔を寄せ合ってきゃははっと笑っている。

 たぶん春樹と仲良くなっていなければ経験することのなかった時間だ。秋斗はふとそんなことを考え、隣に座る春樹を見る。彼は「ん?」と首をかしげた。


「いや、十不思議があるかはわかんねぇけど、探検してみてもよかったかなって」

 意外と楽しそうにしている秋斗に、春樹は目を丸くした。希は注文用タブレットを手に取りながら呟く。

「秋斗も案外楽しんでるじゃん。後藤ごとうくんに感化された?」

 ふっと笑う希につられ、秋斗は「かもな」とこぼした。

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