第33話

 翌日、春樹はるきはコロッと元気になった。せきのどの痛みはなく、結局発熱だけだったようだ。

 ストレスによって一時的に熱が出るケースがあるみたいだし、きっとテスト勉強で疲れていたのだろう。ああ見えて秋斗あきとたち三人の中では春樹が一番勉強熱心なのだ。


「正直依頼内容はあれだけど、夜に大学を探検できるなんて楽しみだね!」

 佐伯さえきから指示があり、大学潜入せんにゅうの日が決まると、春樹のテンションはグッと上がった。どうやら大学潜入という楽しみが勉強のストレスを上回ったようだ。


 大学には東西南北に出入口の門がある。それらはすべて23時に閉まって外から入ることはできなくなり、24時には大学内にいる学生、教員は全員帰宅する決まりとなっていた。


 決行日である金曜日、秋斗、春樹、のぞみの三人は講義室に隠れ、時間が経つのを待った。ちなみに、用心棒としてヤクも一緒である。佐伯によると、ヤクは一応神様であるため、人間よりも聴覚がすぐれているらしい。人の気配をすぐに察知さっちできるので、潜入には最適だと話していた。


「そろそろ大丈夫かな?」

 講義室で身をひそめていると、スマホの画面を見て春樹が呟く。ヤクが廊下に出て確認し、うなずいた。

「大丈夫そうだな、行くか」

 秋斗がすっくと立ち上がり、持ってきた懐中電灯で足元を照らす。希は「眠い……」とまぶたをこすりながら、けだるそうに立ち上がった。


 事前調査によると、試験問題はどの科目も試験日の二週間前には完成しているという。できあがった試験問題は一枚印刷し、教授が各学部の事務室に提出。事務室でまとめて保管するようだ。

 もちろん、その保管庫を開けるには暗証番号が必要なのだが、ヤクが日中事務室で調査してくれたおかげで暗証番号も把握済みである。


 秋斗は正直、ヤクがこんなに手伝ってくれるとは思っておらず、当日もついてくるとは思わなかった。終始ふくれっ面で、内心はどう思っているのかさっぱりわからない。なにか佐伯にご褒美ほうびでももらえるのだろうか。

 あっという間に秋斗たちは商学部事務室にたどり着いた。


「あ、事務室の鍵ってどうするの?」

 指紋防止用にとしっかり手袋をつけた春樹は、ドアノブに手をかけるのをとめる。

 肝心の事務室の鍵がないことに春樹に言われて今さら気がつく。


 しまった、失念しつねんしていた。

 佐伯からは保管庫のことしか説明を受けていない。事務室の鍵は事務員が最後に閉めて持って帰っているのだろうか。それか、各学部棟事務室の鍵を保管しておく部屋があるとか?


「ヤクさんって物には触れられるの?」

 一人で頭を悩ませている秋斗の横で、春樹は希に問いかける。人でない者の声が聞こえるのが彼女しかいないため、毎回希を通してヤクと会話をしなければならない。

「『無理だ。オレだけならすり抜けられるがな』だって」

 希は通訳をしながら肩をすくめた。


 春樹は残念そうに「そっかぁ」とこぼす。ヤクだけが中に入れたとしても暗証番号を押すことができない。ましてや保管庫の中まで入れても触ることができないため、目当ての試験問題を探すことも叶わないのだ。

 やはり事務室に三人で入らなければこの依頼をクリアすることは不可能。

 秋斗たちは三人そろって腕を組んだ。



「……ねえ、もしかして鍵の管理室みたいなところわかるかもしれない」

 数分ののち、いつにもまして真面目なトーンで呟く春樹に、秋斗は「まじか!」と思わず声をあげた。

「サークル室の鍵を借りるとこ知ってる? 前に教授が講義室の鍵借りてるところ見たことあるんだよね」

 そうか、サークルの鍵は思いつかなかった。秋斗は関心した様子で春樹の話に耳を傾けた。

 探偵サークルはサークル棟に部屋がないため、鍵を利用することがない。探偵サークル以外にもいくつかサークルに加入している春樹だけが、鍵の存在に気づけたのだ。


 だが希はすぐさま反論の声をあげる。

「でもさ、結局その管理室の鍵がなきゃ中には入れないんじゃないの?」

 たしかに、鍵を管理している部屋に鍵がかかっていない、なんてことは普通ありえない。

 春樹は先輩から聞いた情報を思い出そうと、頭をひねる。

「うーんと、たぶんね、数人の管理人さんがローテーションで管理してるんだと思う。だから夜番の人が朝まで大学内にいるはず」


 シフト制ということだろうか。秋斗はここにいても打開策は見つからないと考え、みんなに声をかけた。

「まあ、とりあえず行ってみるか」

 そうして秋斗たちは静かに鍵の管理室へ向かった。

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