第32話

 本日の授業がすべて終わり、秋斗あきとのぞみ春樹はるきのお見舞いに行くことにした。二人はスーパーでゼリーやヨーグルト、果物などを、ドラッグストアで薬類を調達し、大学近くに住む春樹のアパートへ向かった。


 この辺りは大学生限定のアパートが多い。一度だけ春樹のアパートに行ったことがある秋斗は、記憶を頼りに歩を進めた。

 たどり着いたのは壁面がグレーの三階建てアパート。二人は階段をのぼり、三階の端の部屋に来た。秋斗がインターホンを押すと、部屋の中からバタバタと足音が聞こえた。モニター付きのインターホンで、秋斗たちの顔を確認したのだろう。応答する間もなく、ドアが勢いよく開く。


「二人とも来てくれたの!?」

 病人とは思えないほど大きな声を出す春樹に、秋斗は耳をふさいだ。

「ほんとに熱あんのか?」

「あるある、38度超えてたもん!」

 なぜか自慢げに話す春樹に呆れながら、二人は部屋に入っていった。


「お邪魔しまーす」

 希は興味津々に春樹の部屋を見回している。彼女の考えていることを察し、秋斗は笑った。

「意外とシンプルな部屋だよな」

「うん、なんかもっとごちゃごちゃしている家をイメージしてた」


「え〜、なにそのイメージ。俺、あんまり物欲はないから物少ないんだよ」

 春樹は唇をとがらせながらベッドに腰かけた。熱があるようだし、立っているのはしんどいのだろう。


「テンションあがりすぎてまた熱あがったんじゃないか?」

 そう言いながら、秋斗はスーパーで買ってきた荷物をローテーブルに置いた。希はエコバッグからドラッグストアで買ってきた冷えピタを取り出すと、「る?」と春樹に渡す。だが、一度手に取った春樹は数秒それを見つめると、再び希に冷えピタを返した。


倉田くらたさん、貼ってくれない?」

 上目遣いにおねだりをしてくる春樹に、彼女は観念した様子で冷えピタを受け取った。

「はいはい、じゃあ前髪おさえてて」

 希は透明フィルムを手際よくはがし、春樹のおでこに貼った。彼女との距離がいつもより近くなったことに加え、肌にほんの少し指が触れる。春樹は思わず赤面し、顔を引いた。熱で赤いのがさらに真っ赤になり、耳まで赤くなる。


 自分で頼んでおいて照れるって……希は全く気づいていないようだが、秋斗は一部始終を間近で見て苦笑いを浮かべた。

 春樹は気をまぎらわすように、秋斗と希が買ってきたスーパーの袋に手を伸ばす。中からゼリーを取り出した。


「あ、そうだ。佐伯さえきさんの呼び出しはなんだったの?」

「英語で一緒の白石しらいしってわかるか? あいつが今度の依頼者なんだ」

 秋斗が床にあぐらをかくと、希もそれにならった。

「白石……ああ、陽平ようへいのこと? なんの依頼?」

「ビジネス経営論の試験問題が知りたいんだって」

 希がこたえると、春樹は「え、ずるじゃん」と顔をしかめた。


「だよなー、だから佐伯さんは呪いをかけてあるって言ってた」

 多めに買っておいたゼリーを秋斗も手に取り、フタを開けた。みかんや桃など果物がたくさん入っている。

 春樹は不思議そうな顔で、ゼリーを食べていた手をとめた。

「呪い?」

「腹痛の呪いだって」

「なにそれ、地味なのにしんどそう」


 ――長居しても春樹がゆっくり休めないということで、二十分ほど滞在たいざいしたのち、秋斗と希は帰路についた。

「早く治ると良いね、後藤ごとうくん」

「だな、あいつが一番潜入したそうだし」

 また三人で依頼を受けるのだという話をすると、春樹はやる気満々に瞳を輝かせた。大学に潜入する、というフレーズは予想通り春樹にさったようだ。

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