第31話

 佐伯さえきは依頼人である白石しらいしの目をまっすぐに見つめた。心の中を見透かされているような気がして、白石の隣に座る秋斗あきとがややたじろいでしまう。


「試験問題を教えて欲しい教科は?」

「ビジネス経営論です」

 ビジネス経営論は、商学部生の選択必修科目の一つだ。秋斗とのぞみは選択していないが、春樹はるきがその授業を取っている。授業がわかりやすいと評判の科目なのだが、テストが難しいとうわさされていた。


 佐伯はスマホに手早くメモすると、「決まりがある」と人差し指を立てた。いつになく真剣な面持おももちの彼女に、秋斗と希はゴクリとつばを飲みこむ。

「依頼を受けることはかまわないが、絶対に誰にも試験内容を言わないこと。依頼したという事実も、だ」

 ラーメンをすすっていた白石は目線だけをあげ、眉間にしわを寄せたが、すぐに真面目な顔つきに戻った。


「了解です。試験内容はいつごろわかるんですか?」

「それはわからん。教授が試験を作らないことには始まらんし」

 椅子の背もたれに寄りかかり、佐伯は腕を組んだ。

「ただ、去年も試験内容を知りたいという奴がいたから、おそらく試験日の二週間前には完成すると思うぞ」


 白石はラーメンの汁を飲み干すと、「ごちそうさまでした」と手を合わせた。トレイを持ってサッと席を立つ。

「なるほど。それじゃ、わかったら連絡お願いします。二人もまたな」

 颯爽さっそうと立ち去る白石の姿を見送り、希は小声で佐伯にたずねた。

「決まりを破るとどうなるんですか?」


 すると佐伯はなにか悪いことを考えているかのような顔をして、にひひっと笑う。

「誰かに話した瞬間から、お腹が痛くなるのろいをかけた」

 秋斗と希は顔を見合わせ、目をまたたく。

「それだけ、ですか?」

 思わず秋斗は口を開いた。


 今までの依頼では決まりなどなかったけれど、今回の依頼には他言無用というルールがある。依頼内容が試験問題を教えるという少々グレーな……いや、だいぶ黒なものだから、決まりを破ったあかつきには相応そうおうの罰があるのかと予想していた。

 こういってはなんだが、お腹が痛くなる呪いというのは、呪いとしてはなんともしょぼそうである。


 希も同じことを考えていたようで、怪訝けげんな表情をしている。佐伯はそんな二人を鼻で笑った。

「わかってないなぁ、二人は。腹痛がどれほど辛いか。夏休みが終わるまでの期間ずっとだぞ? えられるか?」


 そう言われ、秋斗は約二カ月ほどある長い夏休み中ずっと腹痛に耐えている自分の姿を想像してみた。

 お腹が痛くて自由に動けず、遊びにいくこともできないだろう。食事をとるのも難しいだろうし、もしかしたらトイレにこもりっぱなしかもしれない。それにあまりの腹痛だったら全然寝付けない可能性もある。

 それを二カ月……地味な呪いかと思ったらこれはなかなかハードな呪いだ。


「それは結構しんどそうですね」

 希は苦笑交じりにこぼした。

「だろ?」

 と、笑う佐伯はなんだか楽しそうだ。彼女はそれでだ、と机に両ひじをつき、組んだ手の上にあごを乗せる。ニヤリと口角があがった。

「この依頼は君たち三人にまかせるよ」

「え、またですか?」

 秋斗は眉根を寄せると、希と視線をわす。


「まかせると言われても、試験内容なんてどこで入手するんですか? ハッキングとか……?」

 頭をひねる希に対し、佐伯は口元に人差し指を当て、不敵ふてきな笑みを見せた。

「どうするもなにも決まっているだろう。夜の大学に潜入せんにゅうするんだ」


「「……はい?」」

 この探偵はまたなにを言い出すのやら。二人はあきれた表情で首を傾げた。

「ま、そういうことだから。後藤ごとうに早く治すように言っておけよー」

 トレイを持って立ち上がった佐伯は、右手をひらひらさせて去っていった。


 残された秋斗と希は同時にため息をつく。

「オカ研のときは調査の同行だったからなんとかなったけどさ……潜入って、それもう犯罪じゃん」

 希は目をつぶってこめかみに指を当てた。

「ハッキングだって犯罪だろ」

 ため息をついた秋斗がツッコむと、彼女は「まあ、そうだね」とケロッとこたえた。


 大学に潜入すると聞いたら春樹はきっとすぐ食いつくだろう。目をキラキラさせている彼の顔が用意に頭に浮かぶ。


 秋斗がスッと窓の外に目を向けると、建物から出てきた佐伯の姿が見えた。窓に背を向けて座っている希も、秋斗の視線をたどって後ろを振り返る。

「あ、セミ」

 ポツリと希が呟くと、スタスタと歩く佐伯の肩にセミが降り立った。セミに気づいた佐伯は「うわああああ!」と雄叫おたけびをあげ、暴れまくっている。


「はははっ、なにあれ、佐伯さんの動き面白すぎるんだけど」

 楽しそうに笑う希は秋斗を振り返った。秋斗もつられて声をあげて笑う。

「あの人にもちゃんと弱点あるんだな」

 いつも余裕の顔をしているイメージがある探偵のうろたえている姿に、秋斗と希は少しの間笑っていた。三限の予鈴が鳴ったが、授業のない二人はそのあとのんびりと学食でお昼ごはんを食べた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る