第28話

 ペン回しを始めた宗介そうすけは、どう説明すればわかりやすいか文章を考えながらのんびり口を開く。

「例えばね、好きな俳優やアイドルへの好き! っていう気持ちが大きいと、体からその想いがあふれちゃうんだ。それでその溢れた分が飛び出して、霊として現れるってこと。こういうタイプの生霊いきりょうは、悪い奴を追い払ってくれるからほっといて良いんだけど、こいつ嫌い! っていう気持ちだとそうはいかないんだよね……そこで登場するのがおはらい」


 うんうん。とりあえず、生霊は生きた人の魂って覚えておけばいっか。

 完全に理解したわけではないが、茉鈴まりんは「なるほど」と相づちを打った。


「生霊を祓うときは生霊を飛ばしている本人に魂を返す。そのあと、その本人の体の中から黒い物体が出てくるんだ。それが呪恨じゅごん。そのまま浄化して消すことが多いんだけど、まあ食べることもできるよ」

「美味しいの、それ」

「いやー、僕はそんなに好きじゃない」

 宗介は苦笑した。


「ヤクはそれが食べたいってこと?」

 と、茉鈴まりんは疫病神に顔を向ける。

 唇をなめ、ヤクは気持ち悪い笑みを浮かべていた。さすが変態である。

「そうだ。あれは絶品だからな」

「じゃあ別に茉鈴の体の中に入る必要なくない?」

「だから言ってるだろう。呪恨だけじゃ対価にならんし、頻繁ひんぱんに取れるわけでもないんだぞ」


 そのとき、ヤクの目の前を蚊が横切った。ヤクが不愉快そうに顔をゆがめると、茉鈴がベッドの下からラケットを取り出した。電気が流れて虫を殺すタイプのラケットである。茉鈴の両親は蚊なんて手で一発だし、大きめの虫がいてもすぐ捕まえて外へ逃す。

 手で触るとか絶対無理。茉鈴にとってこのラケットは無敵の武器なのだ。


「茉鈴にまかせて!」

 元気よく一振りすると、バチッと音が鳴って蚊が床に落ちた。ティッシュで包み、ゴミ箱にポイと捨てる。

「どこまで話したっけ……あ、ジュゴンってそんなに取れないの?」

 茉鈴は宗介に質問した。

「まあね、祓う対象は圧倒的に死霊が多いからね」

 ふーん、そういうものなのか。ジュゴン、どんな味なのか気になるなぁ。


 *


 佐伯さえきは昔話をかいつまんで話した。


「生霊と死霊で祓い方が違うんですね!」

 春樹はるきは「おお~」と一人で楽しそうにしていた。実家が祓い屋なのに春樹自身は霊が視えないし、祓い方もなにも知らないらしい。


 宗介は好奇心旺盛おうせいな春樹をだいぶ気に入った様子で頷いた。

「春樹くんも今度祓ってみる?」

「え、俺でもできるんですか!?」

「やり方さえ覚えちゃえばできるよ。春樹くんの場合は霊感ないから手こずるかもしれないけどね」


 *


 ――のぞみのバイトの時間がせまっているということで、一年三人は探偵事務所をあとにした。

「色々話きけて楽しかったね〜」

「そうだな」


 楽しかったという表現とはちょっと違うが、初めて幽霊の声が聞こえて秋斗あきとも今日は行って良かったと素直に思った。

 駅に着くと、壁面に貼られた花火大会の大きいポスターが目に入る。春樹は吸い寄せられるようにポスターに近寄った。


「花火大会ねぇ、小学生以来行ってないかも」

 と、腕を組む希。春樹はウキウキとした様子でポスターを指さした。

「ねえねえ、みんなで浴衣着て行こうよ!」

「ええ……浴衣着んの?」

 秋斗は嫌そうに顔を歪めた。女性で浴衣を着ている人はよく見かけるが、男性で着ている人なんてそんなにいないんじゃないか。


「そっちの方が雰囲気出るしさ!」

「私パス。浴衣苦しいから嫌い」

「……俺もパス」

 雑に手を振ってホームへ向かう希のあとを、秋斗は追った。慌てて二人についてきた春樹は、負けじと浴衣の良さを語り始める。


「今はレンタルで安く着れるしさ、風情も出るよ? 通気性の良い素材で作られたやつもたくさんあるし」

「わかったわかった。考えとくよ」

 秋斗はそう返した。

 熱弁している春樹には悪いが、実際は駅員さんのアナウンスと電車の音でちゃんと聞き取れていない。



〈第四章 探偵事務所 終〉

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