第27話

 ――さかのぼること13年前。

 佐伯さえき茉鈴まりんの体には疫病神が憑依ひょういした。茉鈴は宗介そうすけに聞きたいことが山ほどあったが、彼は授業やらバイトやらでなかなか遊びに来てくれず、あっという間に二週間ほどが経ってしまった。


 やっと宗介が茉鈴の家に遊びにくると、彼は茉鈴の部屋に入った途端とたん「うわ」と驚いたような声を出した。

「宗ちゃん遅いよー! 色々聞きたいことあるのに……ってどうしたの?」

 ドアの前に突っ立ったまま動かない宗介。茉鈴は彼の正面にトコトコと移動し、顔の前で手を振った。

「おーい、宗ちゃん? 生きてる?」


 瞳をキョロキョロと動かす宗介は、不安と期待が混ざったような不思議な表情をしていた。

「なんか変な気配するんだけど、気のせい?」

「わ! さっすが宗ちゃん、やっぱりわかるんだ! あのね、ヤク……ヤクビョウガミさんに会って、交渉したの!」

「疫病神って、えっ?」

 宗介が茉鈴の顔をやっと見たのと同時に、彼女の体からぬるっと黒髪長髪の男性が現れた。


「あ、ちゃんと変身してくれたんだね! これがヤクビョウガミさん。名付けてヤクだよ!」

 茉鈴が紹介すると、ヤクはふんと鼻をならしながら胸をはった。

「待って待って、え、なんで疫病神……ヤクさんは茉鈴の体から出てきたの」

 宗介は戸惑いをあらわにした。


「うーんと、なんだっけ、憑依? らしいよ」

「は!? 憑依!?」

「茉鈴を病気にしない代わりに、茉鈴の体を貸してあげてるの」

「いや……どんな交渉してんの……」


 神様に交渉を持ちかけるめいっ子にすごいなと感心するとともに、なにをやってるんだとあきれの表情をにじませた。茉鈴は宗介の手を引っ張り、ベッドに座らせる。

「それでね」と彼女が身を乗り出すと、アホ毛がぴょこんと揺れた。


「ヤクはジュゴンが欲しいんだって」

「ジュゴン? ああ……呪恨じゅごんのことかな」

「そもそもジュゴンってなに?」

 あどけない表情でそう問いかける茉鈴は、宗介の横にひょいと座り、ベッドの上であぐらをかいた。


「えーっと、ノートとシャーペン借りてもいい?」

 茉鈴がうなずくと、宗介は学習机の引き出しから自由帳を取り出した。幽霊について宗介がレクチャーしたことが書かれたノートだ。パラパラとページをめくり、前回の続きを開く。


 宗介は早速シャーペンをカチカチとして、『呪恨』という漢字二文字を書いた。

「これでジュゴンって読むの?」

「うん。そもそも茉鈴におはらいの話ってしたことあったっけ?」

 茉鈴は首を横に振る。


 祓い屋の存在は知っているし……宗ちゃんが弟子入りしているのも聞いた。だけどお祓いって、悪いものを退治するお仕事、だよね?


 なんとなくの知識しか持ち合わせていない茉鈴はあぐらから正座に切り替え、宗介の説明を待った。

「まずはそこからだね。お祓いっていうのは茉鈴が認識しているように、体にいた悪いものを取り除いてあげること。それで、お祓いには二種類あるんだ」


 宗介は『①生霊いきりょう死霊しりょう』とノートにペンを走らせた。その文字を見た茉鈴はすぐさま抗議の声をあげる。

「この前宗ちゃん、幽霊は亡くなった人や動物だって言ってたのに、生きるに霊っておかしいよ!」

「お、よく覚えてるね。霊は基本的には亡くなってるんだけど。生きている人の想いが強すぎるとその人の体から魂が少しだけ出ていって、霊として現れるんだ」


 なにそれ。生きてるのに霊になるなんて変なの。

 茉鈴はよくわからない、という風に顔をしかめた。

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