第25話

 そうちゃんさんという春樹はるきの呼び方を気に留めていない宗介そうすけは、そうだよとうなずいた。

「おはらいはもちろんできるんだけど。ほら、幽霊とかそういうの信じてる人が少なくなってきて、需要が減っちゃったんだよね。だから探偵事務所として、お祓いの依頼もできる形にしようかなって」

「へぇ~なるほど!」

 春樹が肩を揺らして関心する。


 宗介は、あとから美里みさとが用意してくれた麦茶を一口飲み、喉をうるおした。

 そのとき、ものすごい早さで動く不思議な影を、秋斗あきとは視界にとらえた。そいつはそのまま宗介が出てきた扉をすり抜けていくが、数秒後、後ろ向きのまま再び扉をすり抜けて戻ってきた。


 見覚えのある半袖短パン、ポニーテール。不思議な影の正体はあのときのギャルの幽霊だった。のぞみも幽霊に気づき、目を丸くしている。


 幽霊は秋斗たちが座るソファまで後ろ向きでゆっくり移動すると、くるりと向きを変えた。幽霊の動きに合わせてポニーテールもせわしなく揺れる。

 彼女は宗介につめ寄り、なにか言葉を発したあと、秋斗たちに気づき、人差し指を向けてきた。


 落ち着きのない幽霊に秋斗が一人で戸惑とまどっていると、なんとも面倒くさそうに佐伯さえきが通訳をしてくれた。

「『そーすけそーすけ、不倫の現場、この目で見て来たよ。……うわー、この前の子たちじゃん』だとさ」

 幽霊のあのしゃべり方だとおそらく語尾にびっくりマークがつくのだろうが、佐伯は棒読みで通訳をするため、ちょっとわかりにくい。


 一人だけ状況が全くわからない春樹はキョロキョロと辺りを見回した。

「いやいや、なになに、急に。またなにか幽霊?」

 秋斗と希を交互に見て、説明を求める春樹に、二人は頷く。

「オカ研の人たちと調査したときの幽霊」

 秋斗は簡単に説明した。


 宗介はそんな春樹の様子を見て、少しの間腕を組んでだまってしまう。そしてなにか思いついたようにニヤリと口角をあげた。

「春樹くん、だっけ? 幽霊、てみたい?」


 突然の質問に春樹の体は固まり、パチパチと瞬きだけを繰り返す。

「え、は、はい! 視てみたいです!」

「じゃあ視せてあげる。えっと、秋斗くんと希ちゃんは霊感ある人だよね?」

 楽しそうに宗介は立ち上がると、腰に手を当てグッと背中をらせた。


「俺は視えるんですけど、希みたいに声は聞こえないです」

 秋斗の返答に「おっけー」とこたえた宗介は、秋斗と春樹をその場に立たせた。宗介はふぅーと長く息を吐き、目をつぶってパンッと手を鳴らす。


 なにをするんだ?


 不安な表情を浮かべる秋斗と、わくわくとしながら宗介を見る春樹。対照的な二人の手を、宗介はそっとにぎった。

「二人とも目を閉じて、いくよ」

 その掛け声に合わせて二人はまぶたを閉じる。


「求め、共鳴きょうめいせよ。我が身の力を分け与う」


 宗介が言葉を発すると、なにか変な感覚がした。静電気みたいにバチッとなるような小さな衝撃。

「さ、目を開けてみて」

 彼に言われるがまま、二人はゆっくりと目を開けた。特になにも変わったことがない秋斗に対し、隣の春樹は大きな声で興奮をあらわにした。

「視える視える! うわー! 俺、幽霊視たの初めて! 初めまして、幽霊さん!」


 テンションが上がっている春樹を見て、宗介は微笑んだ。

「そんなに喜んでもらえると、僕も嬉しいなぁ」

 ギャルの幽霊は自分のことを認識する人が増えて嬉しいのか、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。いや、最初から浮いているから飛び跳ねるという表現はおかしいか。

「うおー! あたしのこと視える!?」

「うん! 視えるよー!」


 は?

 急に会話を始めた春樹と幽霊の姿に、秋斗はポカンと口を開けてしまう。今、幽霊の声が聞こえた。


「いやー、どうしたらあたしのこと視える人もっと増えるんだろー?」

 そう言って腕を組んで考え込む幽霊。

 宗介は秋斗の反応が満足通りだったのか、愉快ゆかいそうに笑った。

「秋斗くんも聞こえるでしょ?」

 聞こえる。鮮明せんめいに。秋斗は目を見開いたまま首を縦に振る。


「ちょっとだけ僕の力を貸してあげたんだ。この事務所にいる間は声が聞こえると思うよ。それじゃ、みんな視えるし聞こえるし、改めてレイ、調査報告してくれる?」

「あいあいさー!」

 ギャルの幽霊は敬礼けいれいのポーズをとった。春樹は「レイ?」と首をかしげる。

「ほら、あたし生きてるときの名前覚えてないからさ、まりんが名付けてくれたの!」


 嬉しそうに教えてくれる幽霊は、「ね?」と佐伯の顔をのぞき込む。

「もしかしてユウかレイの二択だったんですか?」

 思わずといった形で希が佐伯に問いかけた。佐伯のネーミングセンスがあまりないことは周知の事実なので、希はちょっとからかいの笑みを浮かべていた。彼女もだいぶ探偵の扱い方に慣れ始めてきている。


「そうだが? わかりやすいし覚えやすいし良いだろ」

 佐伯はツンと済ました顔でこたえた。

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