第24話 探偵の叔父③

 オー・ハライ探偵事務所の中には五人の職員がいた。パソコンと向き合っていたり、紙の資料がたくさんはさまったファイルをめくっていたり、新聞を見ていたり。

 佐伯さえきが「こんにちはー」と言葉をかけると、職員はみんな笑顔で振り返った。


茉鈴まりんちゃん久しぶりじゃん、もっと顔見せにきてよー」

「そうそう、茉鈴ちゃんの面白い話いっぱい聞きたいのに」

「依頼ないときほんと暇ですもんね」

 なかなかフレンドリーである。職員も少なそうだし、仲が良いんだな、と秋斗あきとは思った。


 美里みさとうながされ、秋斗たちはパーティションで区切られた来客スペースに向かった。佐伯が慣れた様子でソファに座ると、一年三人は顔を見合わせ、佐伯の対面にあるもう一つのソファに秋斗、春樹はるきのぞみと並んで座る。


 美里は四人分の紙コップに麦茶を注ぎ、奥の扉を指さした。

「ちょっと待っててねぇ。今、所長電話中だから」

「えっと、所長が佐伯さんの叔父おじさんなんですか?」

 春樹はもらった麦茶を早速一口飲み、たずねた。秋斗と希も「いただきます」と紙コップに口をつける。外は今日も暑かったので、冷えた麦茶はより美味しく感じた。


「あー、言ってなかったか?」

 春樹の問いに佐伯が反応し、一年三人はコクリとうなずく。

「茉鈴ちゃんの叔父さんがこの探偵事務所を開業した所長さんなんだよ」

 そう言いながら、美里は佐伯の横にゆっくりと腰をおろした。

「あ、それよりもまだわたし名乗ってなかったね。この事務所で事務をしてるたちばな美里です」


 彼女の話し方はおっとりしていて、秋斗の心を落ち着かせた。いつも騒々そうぞうしい春樹と一緒にいるから、余計にそう感じるのだろう。


けんちゃんの奥さんだ」

 美里の自己紹介に、佐伯は説明を加えた。オカルト研究サークルのメンバーとの顔合わせで訪れた『たちばな喫茶』、美里はそこのオーナーである橘健太郎けんたろうの妻であるらしい。

「所長に紹介してもらったの」

 美里は照れくさそうに頬に手を当てた。


「わあ! そうなんですね! 一年の後藤ごとう春樹です。えっと……霊感はありません!」

 春樹が美里に続いて自己紹介する。別に名前だけでいいものを、学校では名前以外になにか言うのが通例だったのか、春樹は霊感云々うんぬんという聞かれてもいない情報をつけ加えた。

「大型犬みたいねぇ」と美里は微笑ほほえむ。特に霊感について言及してくることはなかった。


葛城かつらぎ秋斗です」

倉田くらた希です」

 霊感ある組がいたってシンプルな回答をすると、さきほど美里が指をさした扉がガチャッと開き、男性が出てきた。


「お待たせ」

 黒い長袖シャツに黒いズボン、サラサラな黒髪と、全身黒ずくめの彼は穏やかに笑った。

 美里はサッと席を立つと、秋斗たちを手で示し「茉鈴ちゃんの後輩さん。葛城秋人くん、後藤春樹くん、倉田希さん」と紹介して自席に戻っていった。彼女が座っていた場所に、その男性が腰かける。


「なんか会うのは久々だね、そうちゃん」

「んーそう? いっつも電話してるから久しぶり感はない気がするよ」

 ふにゃっと笑う宗介そうすけの姿に、一年三人の頭には同じ言葉が浮かんだ。優しそう。

 なんとなく、佐伯自身の雰囲気もいつもと違う感じがする。


「改めて、この事務所の所長で茉鈴の叔父の豊崎とよさき宗介です。茉鈴がおそらく迷惑かけてると思います」

 そんな挨拶を秋斗たちにする宗介に、佐伯は頬をふくらませた。

「迷惑かけてないし。むしろ面倒事を押し付けられたし」

 佐伯はあしを組み、目を細めて春樹をじーっと見つめる。


 当の春樹はその視線にきょとんとしたあと、宗介の方を見て口を開いた。

「宗ちゃんさんは、はらい屋なんですよね?」


 宗ちゃんさんってなんだよ。距離のめ方が異常な春樹を秋斗は横目で見て、はぁと息を吐いた。

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