第21話 調査終了

 大学の最寄り駅に着くと、みんなでたちばな喫茶に向かった。オカルト研究サークルの三人と顔合わせをした場所だ。佐伯さえきには道中で連絡をしており、お店に着くと、彼女は外に設置されているベンチに腰かけて待っていてくれた。

「やあ、おかえり。無事に成功したようだな」


「はい、おかげさまで。ありがとうございました」と溝口みぞぐち

「礼ならこいつらに言ってやれ」

 そう言って佐伯は秋斗あきとたちをあごで示した。右手にはたちばな喫茶のテイクアウト用カップがにぎられている。その中身はおそらく彼女の大好きなココアだろう。


「改めて今日は調査に同行してくれてありがとう。……お代はどうすればいいですか?」

 秋斗たちに礼を言った溝口は、佐伯に問いかける。

「丁度三人だから、一人ずつ学食一食分払ってくれれば良いぞ」

「わかりました」

 明日の昼、一年三人は依頼人の三人から学食をおごってもらうことになった。


 彼らが通う大学の学食はテレビでも取り上げられるほど安くて美味しいと評判だ。カレーやラーメンといった定番メニューから、和食や寿司、焼きたてのパンなどバラエティ豊かである。

 だが、秋斗たちは入学してから一度も学食に行ったことがなかった。というのも、一年が学食で席を陣取って食べるのが少しだけ躊躇ためらわれたからだ。

「楽しみだな〜、学食」

 にこにこしている春樹に、秋斗と希も同意する。


 そのあとすぐ、オカルト研究サークルの三人は打ち上げをするんだと、楽しそうに喫茶店をあとにした。


 彼らを見送ると、佐伯が幽霊に気づいて怪訝けげんな目を向ける。

「で、なんだそいつは」

 幽霊は佐伯の目の前にすいーっと移動すると、なにかを発してウインクした。


 佐伯がすごく嫌そうな顔をしている。幽霊は一体なにを言ったんだろう。

 秋斗の視線に気づいた希は、小声で通訳をしてくれた。

「『どうもどうもー! 幽霊ちゃんでーす!』」


 希は通訳をするとき、そいつの真似まねをする。彼女なりに少しでも相手のことを考えて(?)のことだろう。今回も女性の幽霊に合わせて、声を少し高めにはきはきと声を出した。普段の希からは考えられないテンションに、秋斗と春樹はくくっと顔を見合わせて笑う。


「笑うんじゃもう通訳しないよ」

 希は不機嫌そうにそっぽを向いた。

「待って待って倉田くらたさん、真似してるの可愛いからさ、もっとやってよ」

「可愛いポイントがわかんないんだけど?」

 はぁと希はあきれたようにこぼした。


 未だいぶかし気な表情の佐伯は口を開く。

「幽霊って、それは視りゃわかる。調査先にいた奴なんだろ?」 

 佐伯は横目で秋斗たちを見た。三人同時にうなずく。

 ぷかぷかと宙に浮いている幽霊はまたなにかを話し出した。春樹を指さしている。

「『この可愛い感じの男の子がねー、ついてきても良いって!』」

 すかさず希がギャルっぽく通訳する。


 佐伯はやはりか、と天をあおいいだ。

「面倒なことを自分で増やすのは仕方ないが、誰かが面倒ごとを持ってくるのはこうも腹立つんだな」

「え、俺怒られてます?」

 よくわかっていない春樹だけが、のんきに自分を指さした。

「佐伯さんもやっとこの大変さがわかってくれましたか」

 秋斗はちょっと嬉しそうに告げた。


「まあ連れて来たものはしょうがない。責任もって適度に相手してやれ」

 佐伯はよっとベンチから立ち上がると、ひらひらと手を振って帰っていった。幽霊はまたなにか喋ったあと、なぜか彼女のあとを追っていく。秋斗は通訳を求め、希に視線を向けた。

「『うおー! なんかねえさんって感じ! お供するっす!』だってさ」


「おお……」

 秋斗はなんとも言えない表情で幽霊の後ろ姿を見つめた。厄介やっかいごとがなくなって嬉しいが、今度会ったら佐伯に文句を言われそうな気がする。


「なんか面白い幽霊さんだったね~」

 春樹がのほほんとつぶやくと、秋斗と希は目を細めて彼を見た。「え、なになに」となにも理解していない様子の春樹。


 二人は無言のまま喫茶店へと入っていき、空いている席に案内してもらう。メニューをながめ、秋斗と希は次々と料理を注文し始めた。それもデザート付きで。


「春樹のおごりな」

「ごちになります、後藤ごとうくん」

「ええ~! なんで!」

 春樹の大きい声が店内に響く。

「うるさいぞ春樹。他のお客さんに迷惑だろ」

 そう言ってたしなめると、彼はグッと口を結んだ。なにか言いたげにじーっと二人を見る。


 ――カツンッ。

 そんな三人のやりとりを笑うように、飲み物の氷がけた子気味良い音が隣の席から聞こえた。



〈第三章 新たな依頼 終〉

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