第16話 どちら様だ?

 佐伯さえきから集合がかかった当日、秋斗あきと春樹はるきのぞみの三人は一度大学に集合してから『たちばな喫茶』に向かった。


 住宅に囲まれた中に、小さな喫茶店がポツンと建っていて、その扉にはcloseのふだが掛かっている。

 気にせず中に入っていいからな、と電話で佐伯に言われた通り、秋斗は扉を引いた。カランコロンと綺麗な鈴の音が鳴る。


「いらっしゃいませ」

 テーブルをいていたオールバックの男性がにこやかに微笑ほほえんだ。店内には二人席が窓側に三つと四人席が二つある。壁にはがくに入れられた絵画がいくつも飾ってあった。アートにうとい秋斗にはなにが描かれているのかよくわからないが。


茉鈴まりんちゃんから話は聞いてるよ。君たちが後輩くんたちだね。二階へどうぞ」

 男性にうながされるまま、秋斗たちは階段を上がっていった。二階は一階とは違い、団体客用になっているそうだ。大きな丸いテーブルが二つ設置されている。秋斗、春樹、希と三人並んで腰かけた。

 カチコチと規則正しく音を鳴らす店内の振り子時計を見ると、時刻は午前7時45分。時間と場所を指定してきた張本人の彼女はまだ来ていない。


「営業前だけど、はい。何か飲むかい?」

 男性はメニュー表をテーブルの真ん中に置いた。遠慮することなく春樹は身を乗り出すと、「どれにしようかな~」とつぶやく。

「私はアイスティーをお願いします」

 希はメニューにサッと目を通し、小さく手を挙げた。秋斗も続けて注文する。

「えっと、俺はコーラで」


「アイスティー、コーラ、君はどうする?」

 まだ悩んでいる春樹に男性が問いかけると、タイミング良く入店を知らせる鈴が鳴った。雑に開けたからだろうか、鈴の音がさっきよりも若干荒々あらあらしい。その人物は勝手知ったるように階段をドスドスと上がってきた。


「おはよー」

 眠そうに目をこすりながら現れた佐伯は、秋斗から席を一つ空けて座る。


「う、うーんと、ジンジャーエールで!」

 やっと春樹も決めたようで、ピシッと手を挙げた。だがその顔はまだ迷っているように見える。飲み物くらいでなにをそこまで悩む必要があるのか、秋斗にはイマイチ理解できない。

 そんな春樹の様子に、男性はくくっと小さく笑った。手のかかる子どもをしょうがないなぁと見守っているかのようだ。


「かしこまりました。茉鈴ちゃんはココアだよね?」

「もちろーん」

 あくびをしながらこたえる佐伯。

「ああ、そうだ。この人が店長であり、私の叔父おじの友人でもある、けんちゃんだ」

 佐伯は思い出したようにそばに立つ男性に視線を向けて紹介する。

たちばな健太郎けんたろうです。よろしくね」

 と、彼は挨拶し、一階に戻っていった。


 ——橘が一階に戻って少しすると、またもや鈴の音が聞こえた。二階へ誘導ゆうどうしたのだろう、数人の足音が近づいてくる。男性一人、女性二人が様子をうかがいながら店内を見回した。


 佐伯は軽く手を挙げ、三人組を呼ぶ。

「おー、来たか。好きなとこ座ってくれ」

 まるで自分の家かのように佐伯が振る舞うと、三人組は秋斗たちを不思議そうにチラッと見たあと、佐伯から二席間を開けて腰をおろした。

 マッシュルーム頭の男性が口を開く。

「えっと……この人たちは?」

 秋斗たちを手で示して佐伯に問う。


「サークルの新会員だ。一年の葛城かつらぎ後藤ごとう倉田くらた

 得意げにそう言うと、春樹もちょっとどや顔をしていた。秋斗と希は軽く会釈えしゃくする。


 いや、この三人こそどちら様だ?


 秋斗が頭に疑問符を浮かべる横で、佐伯は長い髪を後ろにパサっと手でどけると、脚を組む。

「よし、じゃあ早速、自己紹介と依頼内容を教えてくれ」

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