第11話 またお化けの話?①

 佐伯さえき茉鈴まりんは幼いころから体が弱かった。

「茉鈴大丈夫かー?」

 母、霧子きりこは茉鈴のおでこに手を当てる。台所でタオルをらしたあと、茉鈴のおでこへとそれを乗せた。


「ははっ、茉鈴は俺らの子どもなのに貧弱だなぁ」

 父、文雄ふみおはなぜかニコニコしながら、我が子の顔をのぞき込んでいる。

 笑いごとじゃないよ! 茉鈴はうらめしそうに父をにらんだ。

「バカは風邪を引かない。茉鈴はバカじゃねぇってことだな。あたしらの遺伝はどこいったんだよー」

 両親は顔を見合わせてゲラゲラと笑った。


 近所では有名な不良っ子だったらしい霧子と文雄。幼なじみの二人はよくヤンチャをしていて(なぐり合いも含む)、傷だらけの姿ばかり見ていたと、茉鈴は祖父母から聞いた。

 ほら、これが勲章くんしょうだぞ、と両親はよく傷跡を見せびらかしてくる。別に見たくもないのに。


 父は部屋の時計をチラッと見ると、おもむろに立ち上がった。

「じゃあそろそろパパたちは仕事に行くからな」

「今日も宗介そうすけ呼んでおいたから、しっかり治すのよ」

 宗介は霧子の弟、すなわち茉鈴の叔父おじだ。霧子とは歳が10離れていて、現在19歳の大学生である。漢字は違うがオジサンという言葉は彼に似合わないので、茉鈴は宗ちゃんと呼んでいた。


 すでに仕事に行く支度を済ませてある両親は、「「いってきまーす」」と言って茉鈴の部屋を出ていく。ガチャッと鍵を閉める音が聞こえ、一気に心細くなる。二人がいなくなった途端とたん、部屋の中がしんとするのだ。

「いってらっしゃーい……」

 ベッドの中で茉鈴は小さく返した。


 とはいえ、薬がいてきたのか、だんだん眠くなってきた。まぶたが重い。

 早く来ないかな、宗ちゃん。

 茉鈴は静かに眠りについた。


 *


「……んん」

 どのくらい寝ていたのだろう。目をこすっていると、なじみのある優しい声が聞こえてきた。

「おはよう、茉鈴。よく眠れた?」

 宗ちゃんだ! 茉鈴はガバッと体を起こすが、すぐに「うっ……」と眼がしらを抑えた。しまった、勢いつけ過ぎた。頭がくらくらする。


 宗介は茉鈴が小学校入学時に両親に買ってもらった椅子に座っていた。学習机とセットで売っていたもので、椅子は高さが調節できる。彼は最大限低くしていたみたいだ。


「急に起きると危ないよ」

 宗介は苦笑しながら立ち上がると、台所へと移動した。

 茉鈴はクンクンと匂いをぐ。開いたドアから美味しそうな香りがただよってきて、テンションがぐーんと上がった。

「良い匂い!」


 台所からお盆を運んできた宗介はベッドのそばに腰をおろす。

「はい、どうぞ」

 お盆の上にはおかゆ、水、そして茉鈴の大好きなココアが乗っている。ココアの甘い匂いにられ、茉鈴のお腹が元気に鳴った。宗介がお粥を手渡そうとするのを無視してココアに手を伸ばすが、彼に手の甲を軽く叩かれてしまった。

「なにすんの宗ちゃん!」

「どう考えても茉鈴はお粥と水でしょ」


 宗介はココアの入ったカップを手に取り、ゆっくりと口に含んだ。

「はぁー、うまい」

 満足げに目を細める彼を、茉鈴はむーっと頬をふくらませ、ジトッと見つめる。


 宗ちゃんってちょっと意地悪なところある。良いものがあると言って見せてくれたのがおもちゃのゴキブリだったし、茉鈴のゲームソフトを勝手に借りていくし、前に看病に来てくれたときは顔に落書きされたし。

 今回だって、茉鈴が大好きだと知っていてわざとココアを飲んでいるのだ。


 茉鈴はため息をつくと、仕方なく「いただきます」と手を合わせた。熱が出るといっつもお粥。もういい加減きてきた。

「まあまあそんなに不貞腐ふてくされないで。今日のお粥は一味違うからさ」

 宗介に言われるがまま、れんげで一口すくってみた。


 ん! たまごが入っている。これは期待できるかもしれない。茉鈴はふぅふぅと息をふきかけてから、大きく口を開けて食べた。

「おいしー!」

 そう叫ぶと、宗介は満足そうに口角を上げた。

「いつも普通のお粥だと飽きちゃうと思って、今日はたまご粥にしてみたんだ」


「たまごのこの半熟がすっごく良い!」

「元気になったみたいで良かった。昨日から寝込んでたんだよね?」

「うん、昨日は遠足だったのに。また休みなの」

 しょんぼりと肩を落とす彼女の頭を、宗介は優しくなでた。


「僕もどうにか対処してあげたいんだけど。実体がなかなか姿を見せないからさ」

「実体? ってなに? またお化けの話?」

 茉鈴がいぶかしむように宗介を見ると、余計なことをしゃべったと彼は苦笑いを浮かべた。


 宗介は無類のオカルト好きで、ネットで知り合ったはらい屋に弟子入りをしている。祓い屋をしていると、色々な超常現象に遭遇そうぐうできるのだそうだ。そうは言っても『ネットで知り合った祓い屋』というワードはなんともあやしく感じるが。


 茉鈴はたたみかけるように宗介につめ寄った。

「ねえねえ教えて宗ちゃん、実体ってなに? お化けのお話もっと聞きたい! 学校休んでると暇なの!」

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