第10話 長髪イケメン②

 長髪イケメンは佐伯さえきのそばへと戻り、またなにかを話し出した。

「あー、じゃあ私が通訳するぞ」

 佐伯は男性の方をチラッと見てから話を続けた。


「『疫病神やくびょうがみのヤクだ。ヤクって名前は茉鈴まりんが付けてくれた』おい、私のネーミングセンスのなさがバレるだろ」

 通訳をしながら自分でツッコミをいれる佐伯。ネーミングセンスがないって自覚はあるのか。


「疫病神って……どんな神様だっけ?」

 真っ先に反応したのはもちろん春樹はるきだ。彼は数回瞬きをしたあと、秋斗あきとのぞみを交互に見る。

疫病えきびょうって書くくらいだから病気の神じゃね?」

 秋斗もはっきりとは知らない。


 現在は神や霊といった不確かな存在はいない、という説が浸透しんとうしているため、宗教やスピリチュアルなものを多くの人は信じていない。そういった題材のドラマやアニメなどの創作物も減っていったし、神をまつる神社も撤去がだいぶ進んでいる。


「悪いことをよく引き起こす人を疫病神って言ったりするよね」

 希の意見に春樹は「あ~、たしかに言うかも!」と納得した様子だ。

「疫病神っていうのは、世の中に疫病をもたらすとされる神のことだよ。病気だったりなにかよくないことだったりな」

 佐伯がタイミングよく解説をしてくれた。


「神なのにそんな悪さをするんですか?」

 春樹は純粋じゅんすいな瞳を向ける。

 神様はみんなの願いを叶えるものだと秋斗も認識していた。小さいころ、年が明けると家族で神社にお参りをしたり、お守りを買ったりしていたことを思い出す。


 人を病気にさせるような奴を、神と呼んでいいのだろうか?


「人間だって良い奴と悪い奴がいるだろう? 神だって同じさ」

 当たり前だろうと言わんばかりに佐伯は吐き出した。

 それでもあまり納得のいっていない春樹は、思案顔で首をひねる。

「うーん……じゃあ結局神様ってなんなんですか? 幽霊も神様も俺はどっちもえないですけど、どうやって区別するんです?」

「視える奴からしたら簡単さ。霊は白黒、神は人間と同じように色がある」


 なるほど、と秋斗が疫病神の姿を改めて視ると、自分の話から脱線していると感じた彼が不機嫌そうな顔をしていた。それを敏感びんかんに感じ取った希は、話を戻そうと口を開く。

「えっと、それで、その疫病神さんはなんで佐伯さんの体の中から出てきたんですか?」

 視えていない春樹は「え、そうなの」と一人驚いた。


憑依ひょういしてるんだ」

 佐伯の端的たんてきな言葉に三人はぽかんとする。

「憑依?」と秋斗。

「ああ……ここからは長くなるから、飯でも食べながら聞いてくれ。あ、椅子は一つしかないからよろしく」


 秋斗と春樹はためらわずに地面へと腰をおろす。探偵アジトに来る前にコンビニでお昼を買っておいて良かった。秋斗はリュックから早速サンドイッチを取り出した。

 だが、隣の希は地面をにらみ、なかなか座ろうとしない。「希は椅子に座れば?」と言ってみるものの、彼女は首を横に振った。まあたしかに佐伯の正面に一人だけ座るのは居心地が悪いか。


 希が諦めたようにハンカチを広げて地面にこうとすると、春樹はひょいと立ち上がってそれを阻止そしした。コンビニのビニール袋を地面に敷く。

倉田くらたさん、これなら座れそう? ビニール袋しかいい感じに使えるものがなくて申し訳ないんだけど」


 ほんとに気がく奴だ。秋斗は彼の行動に関心し、友人をほこらしく思うと同時に、自分にはできないなと心の中で勝手に落ち込む。

 希は敷かれたビニール袋の上にちょこんと座った。


「ありがと。こういうところが後藤ごとうくんがモテる所以ゆえんだね」

 そう言って微笑ほほえむ彼女に、春樹は照れくさそうに笑みを返す。

「……ま、肝心かんじんな人にモテないんだけどね」

 小さくつぶやかれた春樹の言葉は、隣に座る秋斗の耳にだけ届いた。

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