第9話 長髪イケメン①

 佐伯さえきはあくびをしながら両手をぐいーっと挙げた。肩には鳥、足元には犬と女の子の霊がいる。


 女の子の霊はトコトコとのぞみの前に来ると、なにやら口を動かした。秋斗あきとえているが聞こえない、春樹はそもそも視えていない。その場にしゃがみ込んだ希は、少女と目線を合わせて微笑ほほえんだ。

「うん、視えるし話せるよ」


 急に座ったりしゃべったりした希を、春樹はるきはきょとんとした顔で見る。

「あ、もしかしているの?」

「希の前に女の子、佐伯さんの肩に鳥、足元に犬の霊がいる」

 春樹の問いに対し、秋斗がこたえた。


 佐伯はめずらしいものでも見たように目を丸くしている。

「そこの彼女は対話もできるのか」

「あ、はい」

 あいさつがまだだったことに気づいた希は、サッと立ち上がり会釈えしゃくした。

「初めまして、倉田くらた希です」

 佐伯は「ほう」と希を面白そうに見つめ、あごに手を置く。そのめるような視線に、希の顔は引きつった。


「いいなぁ、みんな視えて。なんか俺だけ仲間はずれみたい」

 この部屋で唯一視えない春樹は口をとがらせた。

「たしかに、これだけ霊感がある奴と一緒にいるのに視えないのは、なかなかのレアキャラだな」と佐伯。

「霊感のある人のそばにいれば、視られるようになるんですか?」

 興味をそそられた秋斗の声色は少し高い。今まで霊感のある人間になかなか出会ってこなかったため、こうした話は意外にも彼を引きつけた。


「結構そういう話を聞く。例えば肝試しするときに霊感のある奴と行動すると、そのときだけ視えたりとかな」

「「へぇ~」」

 佐伯の話に、秋斗と希は関心を示した。


 一方春樹はうらやましそうに二人を見ている。彼は一度嘆息たんそくすると、ここに来た目的を思い出し、やっと本題を切り出した。

「まあいいですけど。それより佐伯さん、如月きさらぎさんから出てきた黒い物体、ってなんですか?」


 正面に座る探偵は、秋斗の方を見て目を細めた。

葛城かつらぎは意外と口が軽いな」

 一瞬ギクリとした秋斗だったが、すぐにいつもの調子を取り戻し、口角を上げた。

「小さいことは気にしないんじゃなかったんですか?」


 人に言うな、とは言われていないし。


 佐伯から言われた言葉をそのまま返すと、彼女は「うっ」と小さくうなった。不服ふふくそうに視線を外した佐伯は、椅子に深く座り直し、脚を組む。

「まず、どこから話そうか……」

 そう吐き出して目をつぶること数秒。探偵は目を開けると、脚を組み替えた。

「じゃあヤク、自己紹介しろ」


 指をパチンと一回鳴らす。

 すると突然、佐伯の体の中から男性が現れた。長い髪を低い位置で一つに結び、和服を着ている。


 霊、なのか?

 秋斗は頭に疑問符を浮かべた。希もおそらく同じことを考えているだろう。普段秋斗たちが視ている霊はモノクロだが、目の前の男性にはちゃんと色がある。肌の色、髪の色、服の色、人間と変わらない姿だ。


 男性はまず春樹の正面に立ち、顔をのぞき込んだ。春樹自身は視えないので、「ん?」と首をかしげている。秋斗と希の視線を感じ取り、「いるってことでいいんだよね?」と軽く言った。


 次に彼は秋斗の前へと移動した。口が動いているからなにか言葉を発しているのだろうが、聞くことはできない。なにも反応を示せないでいると、男性はつまらなそうに秋斗から離れ、希の前にぬるりと立った。

「……はい、なんとなく」と、言葉を返す希。


「希、その人はなんて言ってんだ?」

 秋斗が我慢できずたずねると、邪魔をするなと言わんばかりにその男性ににらまれたが、気にしないことにする。

「『この娘は最初からオレの存在に気づいていたみたいだな』って言ってた」


 希が通訳をすると、唯一視えていない春樹が「どんな人?」と続けて質問する。秋斗と希は「「長髪イケメン」」と口をそろえた。全く同じワードを口にした二人は顔を見合わせて笑う。

「へぇ~、見てみたいなぁ」

 興味を示す春樹だが、全く視える気配がなさそうだ。

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