第二章 変な神様

第8話

 春樹はるきのぞみは首をかしげた。不思議そうな表情で互いに顔を見合わせる。

秋斗あきとってさ、ほんと説明下手だよね」

 そう言って苦笑いを浮かべた春樹は頬杖ほおづえをついた。希は腕を組み、うんうんと相づちを打っている。


 探偵アジトから走ってきた秋斗は、襟元えりもとつかんでパタパタさせた。まだ五月だというのに猛暑日予想が出ている今日、講義室のクーラーは早速仕事を始めたようだ。冷たい風が、なぐさめるように秋斗の前髪をらす。


「だから、如月きさらぎさんから出てきた黒い物体を、佐伯さえきさんが食べたんだよ」

 これ以上ないほど簡潔かんけつな文だ。秋斗は二人に伝わるように一語一語ゆっくりと口にした。だがまたしても理解できなかったようで、春樹と希は再び視線をわす。


 両方の掌を上に向け、肩を上げる希。おおげさに肩をすくめる彼女に、若干イラっとする。

「如月さんから出てきた黒い物体、が全くわからないんだけど?」

「それそれ! 俺と倉田くらたさんはその場にいなかったんだからさ、もっとくわしく教えてくれないと~」

「俺も見たわけじゃないからわかんねぇんだよ。ほんとにその黒い物体が如月さんの体から出てきたものなのか」


 ところどころに出っ張りのある、黒くていびつな形をした黒い物体。佐伯はその人のうらみや憎しみ、ドロドロした感情の集まりだと言っていた。感情自体は理解できるが、あんな物が体の中に入っていたなんて想像ができない。


「うーん、呪物じゅぶつみたいな感じなのかな」

 春樹はあごに手を当てた。秋斗を呪って出来上がった物だから呪物、その考えは納得のいくものだった。希も同意するように人差し指を春樹に向ける。

「なるほど、それは一理あるね」


「でしょ~」と言いながら、春樹は人差し指を希と合わせて遊び始めた。ニコニコしている彼に対し、希は「爪刺さるから切って」と容赦ようしゃなくその手をはたく。

 姉弟きょうだいのような彼らを、秋斗はあきれた様子で眺めた。この歳の姉弟がこんな風にじゃれるのかは知らないが。


「朝は時間なかったけど、また空いてるときに聞きに行ってみるか」

 椅子の背もたれに体をあずけ、秋斗は天井に向けてつぶやいた。

「もちろん俺も行っていいよね?」

 春樹が相変わらずのキラキラした目で秋斗を見てくる。


「ああ、説明がわかりにくい俺より佐伯さんから聞いたほうが早いしな」

「秋斗、説明下手って言ったの根に持ってる感じ? ねないでよ~」

 すかさず春樹は秋斗の肩に腕を回し、顔をのぞき込んだ。ほんと綺麗な顔してやがる。


 秋斗は春樹の顔をぐいっと押しのけながら、希をうかがった。

「拗ねてねぇ。希も行くんだよな?」

「行くんだよな? って、行くこと決まってたみたいじゃん。まあ、行くけどさ」

 文句を言いつつもなんだかんだ秋斗たちに付き合ってくれるらしい彼女は、毛先を指でくるくるといじった。


 *


 昼休みに三人で探偵の元へ行くと、彼女は初めて会ったときと同じ体勢で寝ていた。

 ほんとよく寝るな、この人。


「おじゃましまーす」

 春樹を先頭に秋斗、希と続く。「うわ、ほんとにいる」と希は小さくらした。如月の調査をしたとき、彼女は佐伯のことを認識したはずだから、驚いたのはきっと、三体の霊のことだろう。


「また来たのか君たちは……って、一人増えてるじゃないか」

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