第7話

「大丈夫か?」

 佐伯さえきの発言に秋斗あきとは首を縦に振る。まだ上手く声が出せない。彼女は「待っていろ」と秋斗に言い残し、一度テントを出ると、お茶を買ってきてくれた。

 朝起きてから一滴いってきも口にしていなかった秋斗は、それを受け取り、一気に半分まで飲み干す。


「はぁー、生き返った……」

「いい飲みっぷりだな」

 くははっと笑う佐伯はいつもの調子で椅子に腰を下ろし、自身も買ってきた水を飲む。


「あの、ありがとうございました。さっきのがおはらいですか?」

「あー、まあ、そうだ。まだ最後にやることがあるがな」

 視線をそらしながらこたえる佐伯を不思議に思いながらも、秋斗にはわからない世界だとそれ以上聞くのをやめた。


 すると、テントの外から声がする。

「失礼します。如月きさらぎです」

 名乗った瞬間、秋斗の体は硬直こうちょくした。


 え、なんで。どうしてここに。


 秋斗の動揺どうようを知りながら、佐伯さえきは「入っていいぞ」と許可を出す。


 中へと入って来た如月は、昨日バイト終わりに見た姿よりもせていた。まだ一日もたっていないのに、見てわかるほどに痩せていたのだ。彼は、弱々しい声で「すみませんでした」と口にする。


 腕を組んだ佐伯はため息をついた。

「で、変なものは出てきたか?」

「はい……これです」

 おずおずと如月が差し出してきたのは、ところどころに出っ張りのある、黒くていびつな形をした物体だった。片手におさまるほど小さいものだが、負のオーラをなんだか感じる。


「おおー、思った以上に小さかったな」

 そう言って佐伯は嬉しそうにそれを受け取ると、あごで秋斗を示した。

葛城かつらぎに何か言っていくか?」


 如月は秋斗の方を向く。昨日はあんなにも殺気だっていたのに、今日はおどおどとしていて雰囲気がまるで違う。戸惑とまどいと警戒をあらわにする秋斗に、如月は一歩下がって頭を下げた。


「すみませんでした……家族が亡くなって、もうどうしたらいいかわからなくなりました。あなたを殺すことで、同じ目にあわせてやろう、そうすればこの辛さがわかると……苦しめて……すみません」

 涙ぐんだ声に秋斗はなんと言葉を返したらいいかわからなくなる。ぐるぐる考えた結果出てきた言葉は「はい」だけだった。

 如月は佐伯に礼をしたあと、去っていった。


 二人が重い話をしていたというのに、佐伯は如月からもらった黒い物体をお手玉のようにして遊んでいる。秋斗は彼女をにらんだ。


「大事な場面なのに、佐伯さんはなにしてるんですか。それに、その物体はなんなんですか」

「これか? 如月の内側にあったうらみや憎しみ、ドロドロした感情の集まりさ」

 口角をニッと上げると、佐伯はその物体を口の中へと放り込んだ。あめくだくかのように歯でかち割る。


 は? と秋斗の開いた口がふさがらない。

 食べた?


「な、なにしてるんですか」

 奇異きいの目で佐伯を見ると、彼女は満足そうに唇をなめた。

「何って、食事」

「は、え?」

「まあまあ、細かいことは気にしない気にしない」


 最初に会ったときと同じように、机に脚を乗せ、目をつぶる佐伯。秋斗は理解が追いつかないまま、その場で棒立ちになる。外では一限を知らせる予鈴が鳴っていた。

 佐伯は寝息を立て始める。


 なんなんだこの人は。わけがわからない。


 秋斗はあきれた様子で外へと出た。一限は第二外国語の授業だ。春樹と希も一緒。

 二人にこの奇妙きみょうな先輩について話さなければ。謎の使命感にられた秋斗は、講義室へと走った。



〈第一章 噂の探偵 終〉

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