第6話

 顔は笑っているが、気味の悪さに背筋がぞくりとする。秋斗あきとは無意識に一歩下がった。

 如月きさらぎは、秋斗が下がった一歩分、前に進んだ。


「そう、ですけど……」

 なんとか秋斗が声を出すと、如月は満足そうに一つうなずいてから口を開いた。

「あなたのお兄さんは一年前、交通事故を起こした。その事故で亡くなった二人が僕の家族なんですよ」


 途端、如月の笑顔がスッと消えた。秋斗のひたいに汗が流れ、アスファルトにみを作った。何も声を出せない秋斗にかまうことなく、如月は続ける。

「仕事のストレスで寝不足だった? 居眠り運転で事故? 冗談じゃない。それで人が死んでるんだ。俺は絶対許さない」


 僕から俺へ、一人称が変わる。

 怖い。

 それだけの感情に体が支配された。


 のぞみが言っていた呪いは如月によるものだと秋斗は確信した。

「それじゃ、最期のあいさつに来ただけだから」

 そう言ってまた笑顔に戻った如月は、暗闇の中に消えていった。秋斗は少しの間その場に立ち尽くしてしまう。バイト仲間に「大丈夫?」と声を掛けられ、やっと我に返った。


 ぼーっとしながらアパートへ帰り、風呂を済ませ、布団に寝転がる。陽の光で目が覚めたときには、時計の針が7時を指していた。


 体がものすごく重い。息が……しにくい。

 熱や風邪ではない。それは自分が一番わかっている。


 秋斗は重い体をなんとか起こして、大学用のリュックを背負うと、出来る限り急いでアパートを出た。思いっきりジャージ姿だが、そんなことにかまっていられない。早く佐伯さえきにおはらいをしてもらわなければ。


 ……死ぬ。

 直感的にそう思った。呪い殺される。


 重い体のまま探偵アジトにたどり着き、勢いのまま中へと入ると、佐伯と原田はらだがいた。調査結果を伝えていたのだろう。目を丸くする二人と三体の霊たち。一早く行動したのは佐伯だった。

「おい、大丈夫か!」

 地面に倒れ込んだ秋斗の体を起こし、優しくすった。秋斗はなんとか口を開く。

「く…………る、しい、です」


 佐伯は「よし」と一つうなずくと、原田に向き直った。

「君は席を外してくれ」

「わ、わかりました。色々調べていただきありがとうございました」

 秋斗を気づかわしげに見ながら、原田は外へと出ていった。


 佐伯がふぅと息を吐いた途端とたん、秋斗の体に異変が起きる。

「かはっ」

 急に秋斗は自身の首をめ始めた。おのれの意思と関係なく。


 死ね死ね死ね、と秋斗の頭に自分ではない誰かの言葉が流れてくる。

 苦しい、苦しい、苦しい。


 落ち着き払った佐伯はパンっと一回手を叩き、秋斗の頬を両手ではさんだ。うつむく秋斗の顔を無理やり上げると、殺気を持った右目と恐怖におびえる左目に目を合わせる。


「静まれまがつ者よ。正しきうつわへ立ちかえれ」


 佐伯が言葉を発した途端、秋斗の体がふっと軽くなる。彼の中から火の玉のような姿をした黒い物体が現れ、テントをすり抜けて外へと消えていった。

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