第五夜 七不思議との遭遇

 夜八時、康司が待ち合わせ場所の公園にやってくると、陽介が鉄棒にぶら下がって待っていた。

「頭に血が昇っていく感じが好きなんだ」

 陽介は時々おかしなことを言う。康司が鉄棒で逆上がりをして着地したとき、真由実と友紀が連れ立ってやってきたのが見えた。


「もう、怖いなら来なくていいのに」

「でも、みんなと一緒に行きたいから」

 友紀が直前になってうじうじ始めたようで、真由実が面倒くさそうに溜息をつく。

「じゃあ、行こうか」

 陽介に先導され、赤城第二小学校へ向かう。


 フェンスをよじ登り、校庭に降り立つ。陽介が最初に向かったのは南校舎だ。鍵は陽介が用意していた。前回行けなかった二階の美術室が最初の目的地だ。今回は康司と陽介の二人が懐中電灯を手にしていた。

「美術室の泣く女だよ」

 陽介が扉に手をかける。


「かつて美術教師だった男が学校に美しい女性の絵を寄贈したんだ。実は教師が横恋慕していた女性で、彼女は教師の自宅アトリエに監禁、殺害されていた」

 夜の学校で聞く怪談話には迫力がある。しかも、この先に関連する七不思議が待ち構えているのだ。真由実は先ほどまで邪険にしていた友紀の手をぎゅっと握り締める。


 陽介が扉を開ける。アルミサッシがカラカラとレールを走る音が暗闇に響き渡る。

 美術室に入ると、油絵の具の匂いがツンと鼻をつく。小学校の授業では使わないが、クラブで本格的に絵を学びたい生徒が使っているのだ。

「女の絵なんてあったっけ」

「それ、俺も考えてた」

 真由実が暗い教室を見回す。康司にもそんな絵の記憶はない。女の絵なんかあったら、きっと有名な怪談話の一つになっている。


「見ろよ、これ」

 陽介が黒板脇の壁を懐中電灯で照らす。そこには教科書くらいの大きさの小ぶりのキャンバスがかかっていた。おそるおそる近付いてみると、それは白いドレスを着た若い女の肖像画だ。

「ちっちゃ」

「こんなの、今まで気付かなかったわ」

 絵は完全に風景に同化していた。絵の小ささに笑い転げていると、友紀が震える指をゆっくりと前面に上げる。


「見て、血が」

 陽介と康司が懐中電灯で女の肖像画を照らす。女の目から真っ赤な血が流れ落ちていた。流れた血は白いドレスを赤く染めていく。

「きゃあああ」

「いやあああ」

 真由実と友紀は互いに抱き合い、美術室から逃げ出した。


「お、おい」

 康司も慌てて駆け出す。懐中電灯を落としたが、拾う余裕はなかった。全速力で廊下の端まで逃げて、真由実と友紀にぶつかって悲鳴を上げる。

「友達置いて逃げるなよ」 

 しばらくして、陽介が走ってきた。康司と真由実、友紀は肩を寄せ合って震えている。


「あの絵しばらく見てたけど、そのまま血を流すだけだったよ」

 冷静な陽介をその場にへたり込んだ康司は情けない顔で見上げた。友紀は耳を塞いでいる。

「ねえ、帰ろう。本気でやばいよ」

 真由実が切り出した。本当に七不思議を目撃してしまった。このまま陽介の言う順番通りに回れば、恐ろしいことが起きる気がする。


「残念ながら、途中で止められないんだ。途中止めにすると呪われるかも、って噂だよ」

「そんなぁ、ひどいよ」

 友紀はしゃがみ込んで頭を振り、泣きじゃくる。

「わかったよ、次に行こう」

 康司が鼻水を啜る。陽介の冷静さに康司も落ち着きを取り戻したようだ。真由実も友紀の態度を見て取り乱したことを恥ずかしく思ったのか、立ち上がる。


「次は音楽室の血塗られたピアノだ」

 陽介は階段を上がっていく。康司は美術室に落とした懐中電灯を取りに行く勇気はなく、忘れたふりをして陽介についていく。

 音楽室に到着する前には、異変に気がついた。無人のはずの部屋からピアノの音が聞こえるのだ。真由実は逃げだそうとする友紀の腕を掴む。

「逃げたら呪われちゃうんだから」

 これは四人の運命共同体なのだ。真由実の剣幕に、友紀は仕方無く従った。


 優雅なピアノ演奏に混じって時折苦しそうに咳き込む声が聞こえる。まさか、ここで幽霊に出会うんじゃ、康司は恐ろしい想像を髪を掻きむしって消す。

 陽介が扉に手をかけ、一気に開けた。瞬間、ピアノ演奏はピタリと止った。懐中電灯をピアノに向けるが、そこには誰もいない。

「ピアノを確認しよう」

 陽介は音楽室に足を踏み入れる。暗い部屋の中で友紀の嗚咽が響く。


「ひっ」

 懐中電灯で照らすピアノの鍵盤は、真っ赤な絵の具を塗りたくったように血で汚れていた。康司と真由実はあまりの恐怖に絶句する。友紀は叫び出したいのを堪えるように啜り泣いている。噎せ返る鉄の匂いは紛れもなく赤色が血であることを示していた。

「これでピアノもクリアした」

 陽介はまるでゲームを攻略しているように淡々と呟く。鍵盤の血をしばらく眺めて、興味を失ったようで音楽室を出て行く。


 いつしか四人は無言になっていた。友紀も恐怖が極限に達しきったのか、もう鼻水を啜るだけで泣き言を言わなくなった。

「次は体育館だろ」

「そうだよ」

 陽介は足早に階段を駆け下りる。渡り廊下を進み、体育館の前にやってきた。今度は体育教師に見つかるわけにはいかない。


 体育館の窓から中を覗き込む。ドン、ドン、と床を叩く不定期な音が聞こえてきた。ボールが跳ねるには重苦しい音だ。

 もし、生徒が自分の首でバスケでもサッカーでもしていたとして、体育館は施錠されている。外に来ることはできないはずだ。康司はそう言い聞かせ、気持ちを落ち着ける。


「誰かいるわ」

 窓を覗き込む真由実が指差す。そこにはボールを突く人影が見えた。月明かりが館内を照らしているが、その人物は影の中で人相が全く分からない。体育教師の大沢でないことは分かる。体格はどう見ても小学生だ。

 ドン、ドン、と音が響き続ける。人影は明かりの下に出てこようとはしない。


「中へ入ってみよう」

 陽介が体育館裏に回り込む。体育倉庫の窓が開いていた。陽介が登校日にここへ来て開けておいたのだという。

「体育倉庫って、生徒が自殺した場所じゃないの」

 真由実は七不思議の逸話を思い出し、陽介の服を引っ張る。

「大丈夫、こっちは四人だよ」

 陽介は体育館脇の倉庫前に放り出してあった廃棄用の椅子を引っ張ってきて窓によじ登る。どさっと音がして、陽介が顔を覗かせピースサインをしてみせた。


 陽介の行動力に康司も続けとばかり椅子を踏み台に窓に飛びつき、体育倉庫に侵入を果たした。

「友紀、先に行けばいいよ」

「嫌よ、こんな高いところ上れない」

「じゃあ、私行くから」

 男子に引けを取るまいと、真由実も椅子に飛び乗る。すると、置いて行かれると思った友紀がスカートの裾を掴んで泣き始める。

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