第四夜 死者の書いた本

 七不思議の謎解きのために学校に侵入して以来、団地の同級生四人が会う回数は減ってしまった。夏休みにもよく四人で遊びに出掛けていたが、顔を合わせると罪悪感を思い出すからなのかもしれない。

 特に、陽介を訪ねても家にいないことが多かった。


 夏休みの途中に一度、登校日があった。宿題が進んでいるか、元気に過ごしているか、といった生存確認のようなものだ。

 そこで久しぶりに顔を合わせた四人は体育教師からのお咎めもなく、ホッとしてすぐに打ち解けていた。


 登校日には給食もない。決められた宿題の一部を提出してその日は終わりだ。帰り道、入道雲は妖怪のように山の上高く立ち昇り、けたたましい蝉の声は秋に向けてツクツクボウシに入れ替わり始めていた。


「康司、すっごい日焼けしたね」

「うん、先週の土曜日海水浴に行ったんだ」

 真由実は久しぶりに康司に会えたのが嬉しいようで、並んで歩幅を合わせて歩く。


「あの日のこと、バレてなくて良かったぁ」

 友紀はしきりにそれを繰り返していた。休みの間、家の電話が鳴る度にドキッとしていたらしい。友紀は気が小さい。陽介は気の毒に思った。


 団地の裏山にある神社は常緑樹が生い茂り、子供たちの格好の避暑地だった。小さな社があるだけの苔むした神社だ。大人はほとんどやってこない。

「実は見つけたんだよ」

 陽介が躊躇いがちに手提げバッグから本を取り出す。


 茶色がかったベージュ色で艶のある表紙にタイトルもない。ずいぶん古そうな本だ。厚みは三センチほど、かなり痛んでいる様子だった。

「なに、それ」

 真由実は陽介の手にした本を怖々覗き込む。

「汚い本だな」

 康司は陽介の手から本をひょいと奪い取る。タイトルを探してみるが、裏側にも背表紙にも何も書かれていない。


「変な手触りだな」

 紙というよりなめし革といった感じだ。表面につや出し加工が施されており、木漏れ日の下で色を変えていく。

「これが図書館にある死者が書いた本だよ」

 陽介の言葉に康司が顔をしかめる。確か、七不思議のひとつだ。陽介はまだ拘りを持って調べていたのか。


「嫌だ、気持ち悪い」

 真由実は声を上げて飛びのいた。友紀も小さな悲鳴を上げ、慌てて真由実の背後に回る。

「それって、人間の皮で作られたっていう」

 康司が手にした本を投げだそうとしたところを陽介が取り上げる。


「大事にしろよ、やっと見つけたんだ」

 陽介は不満げな顔で三人を交互に見比べる。

 図書館にある死者が書いた本は人の皮で作られ、人の血によって書かれた本だという。そんな本がなぜ小学校にあるのか、信じられない気持ちで真由実は陽介の手にした本を見つめている。


 陽介が夏休みの間、不在がちにしていたのは学校の図書館に毎日通っていたからだ。

 図書館の本棚の本を一冊ずつ調べてゆき、最後は司書教諭の部屋でこの本を見つけたそうだ。


「先生に聞いたけど、昔からあって勝手に捨てられないと言っていたよ」

 確かに図書館の棚番号のシールも張られていない。陽介はこっそり本を持ち出したという。陽介の執念の凄まじさに康司と真由実は不安げな顔を見合わせる。


「一体何が書いてあるんだ」

 康司は興味があるようだ。目の前にそんな奇妙な本があれば、内容が気になる。

「この本は昼間の光では読めなかった」

 陽介は持ち帰った本の解読を試みた。ページを捲ってみせると、そこには薄汚れて黒ずんだ紙が連続しているだけだ。


「でも、読めたんだ。月の光で照らせば」

 黒い文字が浮かび上がってきたという。陽介は何かに取り憑かれている、康司は眉根を寄せる。

「いや、怖い」

 友紀が真由実の腕を掴みながら震えている。あれほどやかましかった蝉の声がいつの間にか聞こえなくなっている。


「捨てようよ、そんなの」

「これには七不思議の秘密が書いてあったんだ」

 真由実の言葉を押し切って陽介は続ける。

「七不思議を見るには、順番があったんだ」

 陽介は大発見をしたのが嬉しいようで、興奮して目を見開く。


「面白そうじゃん」

 康司は興味を惹かれたようだ。真由実は自分の意見が潰された気分になり、ふくれ面になる。

「ぼくは本を読んで順番を覚えた。明日の夜、もう一度学校に忍び込まないか」

 今度こそ、七不思議を体験するために。陽介は全員顔を見比べ、返事を待つ。


「七不思議じゃなくて、六不思議だな。おもしれぇ、見てやろうじゃん」

 康司は陽介と拳を合わせた。男同士の友情を見せつけられて、勝ち気な真由実の気持ちも傾いた。ここで引くのは悔しい。


「いいわよ、私も行く。あんたはどうするの、友紀」

「じゃあ、私も」

 友紀に行かない、という選択肢は無かった。人気者の真由実と一緒にいられるのは嬉しい。先生に怒られるよりもその気持ちが勝った。

「じゃあ、明日の夜八時、いつもの公園でな」

 約束を交し、四人はそれぞれの家へ帰っていく。


 陽介は自分の発案にみんなが乗ってくれたことが嬉しかった。自宅の鍵を開け、部屋に戻ってランドセルを置く。机の上には死者が書いた本から読み取った内容のメモが広げてあった。


 図書館で本を見つけたときは、宝物を発見した気分だった。こっそり持ち出すことも罪悪感など無かった。それに本が無くなっても先生は気付いていない。

 みんなには言ってないが、七不思議を順番通りに体験すると異界への扉が開くという噂がある。異界とは一体どんな場所か、陽介はその興味に取り憑かれていた。


 隣の部屋で小さな弟の泣く声がする。

 築年数が古く、建物の壁は薄い。陽介の両親は三年前に再婚した。新しい父親は厳格で、陽介の躾にうるさく、一体どういう教育をしてきたのかと目の前で母親を叱りつけた。


 母は陽介に気にしてはダメよ、のびのび育ってくれたらいいからね、と言い聞かせながら夜彼が寝付いたあとは父親に迎合して悪口を言い続けた。薄い壁のせいですべて丸聞こえだった。


 弟は再婚後一年で生まれた今の両親の子だ。母はその子を溺愛し、陽介に構わなくなった。父も我が子には陽介に見せない甘い顔をした。そのギャップに陽介は居場所を無くし、絶望を感じていた。


 異界とは一体どんな場所なのだろう、こことは違う世界なのだろうか。陽介の興味は七不思議の先に続く異界へと惹きつけられていった。



 

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