第三夜 学校の七不思議

 「開かずのトイレ」で何も起きなかったことに安心が半分、やっぱり七不思議など嘘だ、という残念な気持ち半分で残りの謎も確認していこう、と勢いがついた。

 陽介は残念がっていたが、他の場所の不思議は起きるかもしれない、と希望を持っていた。


 次に向かったのは渡り廊下を渡った南棟四階の音楽室だ。

 教室の扉を開けると、まず目につくのは教壇の上に並ぶ有名な音楽家の写真だ。リアルタッチの彼らの写真は昼間に見ても不気味に思える。特にベートーベンは怪談の話題に事欠かない。


「ここで起きるのは血塗られたピアノだ」

 陽介は窓際にあるグランドピアノに近付いていく。

「誰もいない音楽室でピアノの音が鳴るって話だろ」

 先ほど女子トイレで調子に乗っていた康司もこちらを睨むべートーベンに怯えており、懐中電灯で天井付近を照らさないように気をつけている。


「戦後間も無くの話、ここに務めていた女性の音楽教師が結核にかかってしまった。ピアノが大好きだが、病気が分かってからは生徒に近付くことが許されなかった」

 陽介がピアノの前に立つ。戦後間もなく、というだけで暗い時代という気がする。友紀は相変わらず真由実の腕を引っ張るように掴んでついてきている。


「でも、その教師はどうしてもピアノを弾きたかった。身体は結核に冒されていても密かに夜中の学校に忍び込んでピアノを弾いていた。そして無理が祟って死んでしまった」

 死、というワードに真由実は背中に冷たいものが落ちるのを感じた。小学生の怖い話は安易に死に直結するものだ。しかし、この薄暗い夜の音楽室で聞く話には妙なリアリティがあった。


「彼女は肺をやられて、喀血しながらピアノを弾き続けた。朝、別の教師が音楽室へやってくると彼女は鍵盤に突っ伏して死んでいた。そして、血が鍵盤にべったりついていたらしい」

 それを再現するような現象が起きるという。陽介は康司に鍵盤を懐中電灯で照らすよう促す。


 白い鍵盤が光を反射して光っている。しかし、どこにも血の跡など見つからない。


「ここもガセネタだったのよ」

 何も起きないことに安堵し、真由実が肩を竦める。

「ようし、じゃあ私が」

 真由実はグランドピアノの椅子に腰掛けた。鍵盤に指を乗せ、「猫ふんじゃった」を高速で弾き始める。


「あははは、いいぞ」

 怖がっていた康司も手拍子を始めた。友紀も軽快なメロディーに緊張が薄れたのか、くすくす笑い出す。ピアノ演奏が終わっても、四人で笑い転げた。あれほど期待していた陽介も何も起きないことに諦めを感じ始めていた。


「さあ、次はどこに行く」

 涙目の康司が陽介の肩を組む。

「じゃあ、体育館に行こう」

 陽介は先頭に立って歩き出す。真由実と友紀は腕を組んでスキップをしながらついていく。完全に四人の恐怖は薄らいでいた。


「残りは体育館のボール、図書館にある死者の書いた書、美術室の肖像画、深夜の校内放送、旧校舎の階段踊り場の鏡だ」

 陽介はそれぞのエピソードの詳細までよく知っていた。


 無人の体育感でボールが跳ねる音がする。よく見たら、跳ねたボールの跡に黒い染みがついていく。ボールを突くのは体操服の生徒で、よく見ると首が無い。そしてボールは彼の頭なのだという。


 彼はクラブ活動で厳しい教師からターゲットにされ、それを苦に体育倉庫で首を吊った。

 特に猛暑で、暑い日が続いていた。当時、夏休みで体育倉庫を開けたときには少年の遺体はほとんど腐乱しており、発見時には首が取れそうになっていたという。


「いやだ、生首なんて。ボールの音が聞こえたら私、走って逃げるわ」

 真由実は両手で肩を抱いて首を振る。

「そのボール蹴飛ばしたらどうなるんだろうな」

 康司が面白がって冗談を言う。友紀は再び本気で怖がり始めた。


 一階に降りて渡り廊下を進み、体育館へやってきた。体育館はもちろん施錠されている。懐中電灯の光を当てて中を照らしてみるが、中はがらんとして誰もいるはずがない。

「ここもハズレだよ」

 康司がつまらなそうに懐中電灯の光を乱反射させる。


「あ、何かいる」

 陽介が叫び声を上げた。懐中電灯の光を遮るように人影が見えたという。

「やだ、冗談」

「どこだよ、何もいないよ」

 真由実と康司が怪異を否定しようと畳み掛ける。友紀はおろおろと不安そうな顔で様子を見守っている。


「貸して」

 陽介が懐中電灯を康司から奪い取る。ガラス窓から体育館を照らす。

「う、うわっ」

 陽介が驚いて尻もちをついた。その声を聞いた康司と真由実、友紀は悲鳴を上げる。

 懐中電灯が照らしたのは、ドアップになった強面の体育教師、大沢の顔だった。


「逃げろっ」

 康司が陽介の腕を掴む。真由実と友紀も慌ててその場から駆け出す。大村が大声で何か叫んでいるようだったが、四人は振り向かずに逃げた。

 校門を飛び越え、団地へ続く歩道を必死で走った。体力の無い友紀が遅れそうになるのを康司は腕を引っ張って助けてやる。


 団地前の小さな公園について、ようやく一息ついた。

「一番怖かったのは大村ってことだな」

 康司が笑い出す。真由実も息を切らしながらクスクス笑う。

「先生に顔見られたかな」

「こっちからライトを照らしていたから平気だよ」

 心配して泣きそうな友紀を陽介が宥める。


「でもさ、三つとも何も起きなかったよな。このまま別の日に行って残りも何もないって証明してさ、クラスのみんなに教えてやろうぜ」

 七不思議を怪談として本気で怖がる生徒もいる。そんな生徒に全部嘘だと教えてやろう。ヒーローじみた考えが康司の中で生まれた。


「そうね、それがいいわ」

 注目を浴びることになる、と直感した真由実もそれに便乗する。

「でも、先生が親に言いつけたら」

 友紀は大人に怒られることを怖れて尻込みしている。真由実は大丈夫よ、と無責任に笑い飛ばす。友紀のうじうじと悩む所が正直好きではなかった。


「ぼくはもうちょっと調べてみるよ」

 陽介はやはり落胆していた。七不思議が何でもないという証明には興味を示していないようだった。


 それから夏休みの間、七不思議の謎の続きを解こうと四人のうち誰も言い出すことはなかった。

 

 





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