第二夜 深夜の学校へ

一九九八年、夏


 赤城第二小学校には上級生から語り継がれる七不思議があった。いわゆるよくある学校の怪談というやつだ。


 夏休みに夜の学校に忍び込んで「学校七不思議」の謎を解こう、そう言い出したのは三井康司だった。康司は四年生の中でも背が高く、スポーツも得意で目立つ存在だ。活発でいたずらがすぎることもあり、教師からは目をつけられていた。康司は友達も多かったが、中でも決まった四人組でよく遊んだ。

 それは彼らが同じ公営団地の同級生だったからだ。


 夜八時、赤城第二小学校の校舎の中庭に仲良し四人組が集まった。狭い中庭は小さな畑があり、誰も収穫しないまま大きく実ったヘチマがいくつもぶら下がっていた。

 やんちゃな康司はへちまにパンチを繰り出し、ぶらぶら揺れる様を見て笑っている。


 こんな時間に集まって夜の学校を探検する、ちょっと怖いけど誰もがどきどきする気持ちを抑えられなかった。七不思議の謎を解こう、なんてどこまで本気だったか分からない。

 それぞれの親には四人で隣町の神社のお祭りに行くと嘘をついた。夜に子供たちだけで出掛けることがそれほどうるさく言われなかった時代だ。


「これ、校舎の鍵よ」

 森尾真由実がポケットから鍵を取り出す。六年生が校舎の戸締まりをして職員室の決められた場所に返すことになっていた。その鍵をくすねてきたのだ。

 気が強く、明るくて話題豊富な真由実の周辺には女子が集まった。テレビドラマの話をして、登場する男性俳優が好きと公言する真由実は他の同級生からは大人に見えていたのだろう。


「すごいね、真由実ちゃん」

 職員室から鍵を盗むなどという大胆なこと、とてもできない。新井友紀は尊敬の眼差しで真由実を見つめる。

 友紀は物静かな子で、いつも活発な真由実の後を控えめについていった。友紀が買った少女漫画を真由実が読みたいと言ったときには嬉しくなって、読みかけなのに貸した。それが真由実と仲良くなるきっかけだった。

 真由実は可愛いヘアゴムやブローチをくれることもあった。友紀は嬉しくてそれを宝物にしていた。


「じゃあ、校舎に入ろう」

 この日、一番興奮していたのは武田陽介だったかもしれない。鍵を真由実からもらい受け、渡り廊下から通じる北校舎一階の鍵を開けた。

 陽介はいつも休み時間はパズルやなぞなぞの本を読んで過ごしていた。成績は良く、真面目で教師の受けも良かった。

 康司は陽介が一番反対するのではないかと思っていたが、予想外に乗り気で驚いたほどだ。


 夜の校舎に入るのは全員が始めてだ。冬場に暗くなった校舎に残ることはあっても、天井には蛍光灯が付いている。今は窓から差し込む青白い月明かりだけが長い廊下を不気味に照らしていた。


「懐中電灯を持って来たよ」

 家の物置から内緒で借りた父親のものだ。康司がスイッチを点けると一筋の光が灯る。逆に周囲の闇が深くなったような気がして、友紀は真由実の腕にしがみつく。

「まず、どこから行くの」

 真由実も暗い校舎は怖かったが、男子の手前平気な振りで尋ねる。

 

「ここから近いのは四階の空かずのトイレだよ」

 陽介は階段を登り始める。トイレか、嫌だな。康司は遅れないように懐中電灯を照らしながら階段を上がっていく。その後に真由実と友紀も続いた。


 北棟四階の一番奥の女子トイレは開かずのトイレと呼ばれている。

 ずっと故障中の張り紙が貼られており、修理されることはない。夜中にノックをすると、不思議なことに返事がある。なのに誰もそこから出てこない、という話だ。

 陽介は学校の七不思議に興味があるらしく、よく調べていた。


「お前たち、女子だろ。確かめて来いよ」

 四階女子トイレを前にして康司が意地悪な笑みを浮かべる。

「やだ、ここに来て何言ってるのよ。一緒に来なさいよ」

 真由実は本気で怖いらしく、声が自然に大きくなる。友紀は青ざめて首を振っている。

「俺たち男だもん、なあ」

 康司が陽介に同意を求める。陽介はいいじゃん、と真っ先にトイレに足を踏み入れた。


 正直、康司も怖かった。陽介の勇気に内心驚いていた。康司は慌てて陽介に続いて女子トイレに入っていく。真由実と友紀もその場に残るのが怖くて、七不思議に謳われる奥の扉に向かっておそるおそる歩いて行く。

「キャッ」

 友紀が甲高い悲鳴を上げた。

「やだ、何よ、どうしたの」

 真由実もパニックになる。康司が周囲を照らすが、何も見当たらない。


「ごめん、鏡に映った影にびっくりしちゃった」

 友紀がか細い声で謝る。

「やだ、驚かせないでよ」

 真由実は友紀の手を振り払い、不機嫌になる。


「よし、じゃあノックするよ」

 陽介が奥の扉の前に立つ。扉には剥がれかけの故障中の紙が貼り付いている。三人は息を呑んで見守る。これで返事があったら、どうしよう。康司は陽介の手元を海中電動で照らす。その手は微かに震えていた。


コン、コン


 陽介は間を置いて二回ノックした。陽介の顔も緊張に強張っている。

 しばらく耳を澄ませていたが、返事は無い。


コン、コンコン


 更に急かすようにノックする。闇の中で響くノックの音に合わせて心臓の鼓動が跳ねる。陽介は真剣な表情で扉を凝視している。やはり、何の反応もない。大丈夫だとわかった康司は平手でドアをバンバン叩き始めた。


「もしもし、入ってますかぁ」

 大声で叫ぶ。

「きゃははは、康司、もう止めなよ」

 真由実も何も起きないと分かり、緊張の糸が解れたようで笑い出した。康司はまるでドラム演奏でもするようにリズムをつけて扉を連打している。陽介は残念そうにそれを見つめていた。

 

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