第七の怪ー学校七不思議の真相ー
神崎あきら
第一夜 二十五年目の同窓会
茹だるような暑さだ。日中の殺人的な熱気がまだしぶとく地上にへばりついている。街路樹の蝉は夜中だというのに狂ったように鳴き喚き、ひと夏に満たない命を散らそうとしている。
深夜一時の二十四時間営業のファミリーレストランにはワケありの客が多い。
褐色のアジア系女性と彼女の離職を説得するキャバクラの店員や、明らかに年不相応の化粧をした十代の女性と父親のような年齢の太鼓腹の男性。三人組の輩はビールを煽りながら聞くに堪えない猥談で盛り上がっている。
バイト店員のこうした対応には慣れている。仕事中の飲み物をコンビニに買いに行くときもレジの女性店員は一歩引いて息を止めている。
夏場の作業員の体臭は確かにキツい。康司はまだ毎日風呂に入るが、それを怠る奴すらいて、その体臭は堪えがたいものがある。
「連れがいるんだけど」
「では、どうぞ」
男性店員は案内の手間が省けたとさっさとカウンターへ引っ込んでいった。康司は店内を見回す。喫煙席の一番奥に座る二人を見つけ、席についた。
「すごい日焼けね」
電子タバコを口から離し、
「ああ、もう火傷みたいなもんだよ」
康司は建物解体の作業員をしている。毎日浴びる強烈な日光はまさに殺人光線だ。いくら日焼け止め対策をしていても、生粋のアフリカ系ではないかというくらいに焼けることは免れない。
「康司君、久しぶり」
下向き加減でぼそりと呟くように挨拶をしたのは
まるで学校の制服のような白いブラウスを着て、上目遣いで康司を見上げている。細い腕は棒きれのようだ。目の下には長年蓄積したと思われるくすんだクマがへばりついている。
「友紀に真由実、ホント久しぶりだな」
康司は頭に巻いていたタオルを取り去った。汗でぐしょぐしょになるのを嫌い、坊主に近いベリーショートにしている。Tシャツから透ける筋肉は雄らしい精悍な印象を与えた。
「二五年ぶり、かな。声をかけてくれて嬉しかったわ」
真由実がにっこり微笑む。唇には艶やかな赤いルージュを引いている。
「そうだな、もうあれから二十五年だもんな」
康司の顔に影が差す。真由実と友紀も視線を合わせないように頷く。
「ねえ、仕事終わりでお腹空いてるでしょ」
真由実が陰鬱な雰囲気をかき消そうと、康司にメニューを差し出す。
コンビニ弁当ばかり食べているが、ファミレスのメニューも似たようなもんだと思う。康司はベルを鳴らし、ビールと焼肉定食を注文した。
「そう、真由実は今正社員で働いてるのか。いいじゃん」
「でも、正直ブラックなのよね。健康食品販売なんだけど、一度に買わせて返品は出来ないとか。まるで詐欺みたい」
真由実は頬杖を突きながらポテトフライを摘まむ。若作りはしているものの、隠しきれない苦労が肌には表れていた。
「友紀は何してんの」
康司に尋ねられて友紀は嬉しそうに微笑む。頬が痩けた顔は実年齢よりも十歳は老けて見える。
「今は何も。でもサークル活動をしていて、とても生きがいになっているの」
康司は生きがい、という言葉に引っかかった。生きがいという言葉が安易に出てくるものだろうか。
「ねえ、本題に入りましょうよ」
どんなサークルか尋ねようとしたとき、真由実が間に割って入った。友紀は空気を読んだのか、それ以上口を開かず頷く。真由実は精神安定のためとでもいうように電子タバコを吸い始めた。
「ああ、ラインで送った通りだ。俺たちの通った赤城第二小学校がこの秋に解体になる」
昼休み、上司が話していたことを聞きつけて康司はネット検索をしてみた。かつて通った赤城第二小学校が少子化による学区統合のため、廃校になることが決まったという記事を見つけた。
解体作業は九月には開始されるということで、忙しくなると上司は悲鳴を上げていた。
赤城第二小学校は康司と真由実、友紀の母校だ。廃校になる前に母校を訪ねたい、そんなノスタルジックな気持ちでここに集まったわけでは無かった。
「陽介のこと、忘れてないよな」
覚えてるだろ、と聞けばいいのに康司は二人の同級生にそう尋ねた。浅黒い肌に落ちくぼんだ目が光る。
「忘れられるわけ、ないじゃん」
真由実は苦々しい顔でタバコの煙を吐き出す。友紀はどこかそわそわした様子で視線を泳がせている。
「学校が無くなったら、もうあの日の事件は謎のままだ」
康司は冷えたペラペラの輸入肉にフォークを突き刺す。
「もう一度、学校を調べてみないか」
康司は真由実と友紀の顔を見比べる。あの日から自分は変わってしまった。彼女たちも同じだ。
康司は高校を中退し、派遣や日雇いの肉体労働で日銭を稼いでいる。先日、同棲していた彼女ともケンカ別れをしたところだ。
真由実は若作りに小綺麗な格好をしてブランドもののバッグを持っているが、明らかに背伸びをしているのだろう。そのアンバランス感はどこか大人になりきれないみじめな女のようだ。
友紀の手首にはリストカットの跡がある。以前付き合っていた女がよく傷口を見せつけてきたので間違いない。細い手首につけた水晶のブレスレットの存在感が異様だ。妙な甘ったるいお香の匂いも相まって何かの新興宗教に傾倒しているのではないかと思う。
二五年前に起きた
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