第12話 変わらないと(トレイシー視点)

 レンとは幼い頃に出会った。


 自分と同じくらいの年頃で道路の隅に横たわっているのを見かけ、どうしても見捨てる事が出来ず、お父様に頼み込んで屋敷に連れ帰るのを許してもらった。


 庭師のトムが手伝いが欲しいと言ったのもあり、格安で手伝いが雇えるという事で何とかそのまま住み込む許可も得られ、安堵する。


 レンは黙々と働き、他の使用人達と話し事は少なかったが、私と話す事はそれなりにあった。


 とはいっても庭で花や木々の名前を教えてもらうような会話だけれど、それでも人の好さを知ることが出来、懸命に教えてくれる様子に好感を持ち始める。


 そんな彼はいつの頃からか眼鏡をかけ始めた。


 何となく気になり聞いてみると、目が悪いわけではないらしい。余計な物を見ないようにと掛け始めたそうだ。


 古い眼鏡でいいから欲しいとトムに話し、貰ったのだという。


 そういう点からもレンは少し不思議な雰囲気であった。


 時に悲しそうな表情で見つめられるが、問うても何でもないとはぐらかされる。


 だが何かを察してか、私が悲しんでいる時や落ち込んでいる時は、部屋の花が私好みのものに変わっていた。


 侍女に聞けば、レンが共に生けて欲しいと言って、渡してくるというという。


 彼なりの慰めなのだと後で気づいたが、なかなかお礼を言う機会に恵まれなくて伝えられなかった。だが、心の中ではいつも彼への感謝の言葉が浮かぶ。


「レンは優しい人ね……」


 静かに気遣いを見せ、そっと寄り添ってくれる。


 だがしかしそんな彼との別れが突然訪れる。


 原因は元婚約者のせいだ。


「どうせ結婚するのだし、いいだろう?」


 そう言って婚前交渉を持ち掛けられたのは、何回目だろう。


 結婚については愛がなくとも家同士の繋がりだから別にいいと思うが、体の関係は別だ。


 彼には良くない噂もあったし、誠実さも感じられない。もしかしたら婚約がなくなるかも……という不安もあった為に受け入れる事はなかったけれど、家の為にこちらが不利になるのも困るしと強く断ることは出来なかった。


 それがいけなかったのだろう、彼はとうとう強行しようとしてきたのである。


 婚約を解消した後に聞いた話では、どうやら女性関係の賠償で資金集めがしたかったそうだ。


 私と婚前交渉をして婚姻契約を盤石なものにしておこうという意図があったそうだが、それをレンが台無しにした。


 花々にやる栄養、つまり肥料を元婚約者にぶちまけたのである。


 酷い異臭に彼もそんな気は無くなり、また面目が潰された事で怒りを覚えた為に、早々に帰る事となった。


 私を助けるためにそんな事をしたレンは代わりに殴られ、屋敷を追い出されてしまった。


 何度お父様を諫めても今回ばかりは撤回してくれず、レンは去る事となる。


 力のない自分が悔しくてあの時程自分の不甲斐なさを感じる事はなかったわ。


「彼は自分の居場所を捨ててでも私を助けてくれたんだ」


 そう思えば思う程、申し訳なさと後悔が募る。


 レンが辞めたことで元婚約者、ゴーシュはティナビア家を許すと言ったが、私は許していない。


 レンを切り捨てた父も、追い出される原因となったゴーシュも。


 だが婚約を解消出来るほどの手札はないし、このまま結婚させられたらレンを探すことも出来ない。


 今だって軟禁状態で外に出ることも叶わないのだもの。


(このままではいつ結婚させられるかわからないわ)


 最悪先に籍を入れて式を後にするなんても言われかねないし、もしかしたらもう式の準備をされているかもしれない。


 このまま婚姻なんて嫌だと気が気ではなかった。


 そんな時にふと侍女達の話が耳に入る。


「凄腕の占い師が商業ギルドにいるんだって」


 占いなんて正直信じていなかったけど、今は縋るものも打つ手もない。それならばと勇気を出して行ってみようと決意した。


 侍女にお金を渡し、外に出る手助けとその場所まで案内をお願いする。


「お嬢様、くれぐれも気をつけてくださいね」


「えぇ……」


 初めての場所に戸惑うが、夜という事でひと気もないので、すっと入る事が出来た。


 受付にいた女性は私が顔を隠しているのを見てか、あまりじろじろとは見ないようにしてくれる。


 そして占い師について尋ねると静かに案内してくれた。


 そうして私は初めて、見も知らぬ人に重大な相談をする事となる。


 結果としては何だかパッとしない結果であった。


 けれど話し方や雰囲気は嫌いではなく、寧ろ落ち着くもので、相談をした事で心も軽くなった。


(それにしても凄腕の占い師でも私の運命の相手が見えないなんて)


 でも確信は出来た。やはりゴーシュ様は私の運命ではないのだと。


 それを知れただけでも良い収穫だったわ。











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