第11話 想定外
お嬢様の幸せを願い、俺の出来る最高の事はしたと思う。
泣いて震え、夜を明かして部屋を出たら、副長とギルド長が慰めてくれた。
お嬢様は悲しい顔をしながらここを出て行ったと聞く。
俺は事の顛末と、お嬢様はもう来ないだろうと話した。
「シア、あなたがそう決断したのなら良いのですが……」
「そう簡単にあきらめる様な女性に見えなかったがな」
副長の複雑そうな表情とギルド長の困ったような顔に心当たりもなく、俺は首を傾げる。
リジーも気になっていたようで、早めに出勤し、持参した朝食を俺にもおすそ分けしてくれながら、質問責めをされる。
「赤い糸が切れたって、もう誰とも恋愛しないわけではないでしょ?」
「これから結ばれる可能性はあるけど、大概誰かと繋がっているんだ、こんなの初めてだ」
「シアさんは自分のは見えないって、前に言ってなかった? そうしたらシアさんと繋がっている可能性もあるんじゃない?」
「そんな事あるわけないだろ」
リジーの戯言を俺はバッサリと切る。
「ここからお嬢様は様々な縁を繋ぐはずだ。その中できっといい男に出会い恋をし、結婚するだろう。お嬢様の幸せな未来の先に俺はいないんだよ」
俺は真面目に言っているのに、リジーは何故か呆れた顔をしている。
「本当にシアさんって自分の事に対しては察しが悪いですね」
「悪かったな」
そんなの知っている。
ムッとしながらもリジーの作った肉巻きを食い、パンに齧りついた。
(察しが良かったら両親を離婚に追い込むようなことはしなかったよ)
不貞腐れた気持ちを発散するようにドカ食いしていく。
リジーは自分の分が消え、少し恨みがましい目でこちらを見て来るが、無視だ。
今の俺は傷心の身だ。少しくらい見逃してくれ。
だがまさかこんな展開になるなんて、想像もしていなかった。
◇◇◇
仕事も少しずつ増え、あれからお嬢様と会う事はなかった。
ただ噂話だけは耳にする。
お嬢様がゴーシュと別れた事、そしてティナビア家が発展した事を。
「良かった……」
良い縁談話も出ているようだ。お嬢様が結婚し、幸せになるのは最早秒読みだろう。
俺も狭いながらも部屋を借りる事が出来た。副長のコネで紹介されたのだが、格安でボロい。
しかしここから職場は近いし、横になれるのならどこでもいいと思っていた俺には、丁度良かった。
気になっていたトム爺には、偶々俺の店に来た庭師に良さそうな男との縁を繋いでおいたから、大丈夫だろう。
男の方も仕事に意欲的であったし、いい縁を繋げたと思う。
「もう俺があの家に出来る事はないよな」
した事は縁を繋いだ事だけだけど、それ以外に俺に出来ることはないし、もう遠い存在の人だ。
こうして時々届く風の便りを聞ければ充分であった。
なのに……
(何でお嬢様がここに来ているんだろう)
夜になり、通りの人もまばらになった頃にお嬢様は現れた。
俺は内心でビクビクしていた。
(どこかの縁を繋ぎ間違えたか? ここに来る目的なんてないはずなのに)
自分が何か失敗して、それに困ったお嬢様がここに来たのだと思ったのだ。
お嬢様はさらさらと慣れた手つきで書類にサインをし、俺に手渡してくる。
元々綺麗な字であったけれど、ますます綺麗に、そして手際が良く、書くのも早い。
(茶会やパーティーへの誘いが増えたのだろうな)
誘いが増え、手紙を書く頻度が上がったから、こうして手早く綺麗な字を書けるようになったのだろう。
受け取りつつつい感傷に浸ってしまう。
俺が知っているお嬢様ではもうなくなっているのだから。
嬉しいやら寂しいやら。
「あの、占い師様?」
声を掛けられ、ハッとした。
「あぁすみません。それで今日は何についてを聞きに来たのでしょうか」
「私、婚約者の男性と別れました」
お嬢様ははっきりとした声でそう告げてきた。
ゴーシュの事、だよな。
「それはおめでとうと言いますか、残念だったと言いますか……」
「おめでとうでいいですよ。浮気性な彼でしたし、隠し子まで発覚しました。あのまま結婚していたら大変でしたもの」
隠し子までは予見していなかった。
やはりあの時に切れたのは、正解だったのか。
しかし自然と切れたあの後にその事が発覚でもしたのだろうか?
未だに謎だ。
「もしや、その報告でいらしてくれたのですか?」
「それだけではありませんよ」
声が少し弾んでいる。珍しいものだ。
「一番最初にここに相談をしに来た時は色々な事に迷っていて、その時にあなたは私が運命の人に会えると言っておりました。一度はあきらめようかと思ったのですが、再度教えてもらおうと思い来たのです」
お嬢様は自ら手を差し出してくる。
「私の運命の人はどなたでしょう?」
(この展開は想定していなかったな)
何だろう、お嬢様から良からぬ圧を感じる……察しの悪い俺の気のせいだとは思うのだが。
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