第21話

 王子のお陰でプチ断罪イベント(?)を何とかクリアできたのは、まことに喜ばしいことではありますけど。

「あの、殿下…私、今日はもう下校いたしますわ…」

 先生とのあまりにも不毛な戦いに疲れたので、私は残りの授業を放棄して早退しようと席を立った。

 幸い、馬車場で我が家の馬車も待っている(この間から心配性の御者バートが、常に待ってるようになってしまった)ことですし…と、殿下にも断って教室を出ようとしたのだけども。

「ちょっと待ってくれ、アウラ」

「………はい?」

 リュオディス殿下はそう言ってお付きの人や憲兵の方たちに手早く指示を出すと、教室を出て私と一緒に廊下を歩き始めたのだ。うーん、なんなんでしょ??まだ、何か用があるのかな??

「君に渡したいものが有るんだけど…少し、付き合って貰えないかい?」

「……あの、それ、後日ではいけませんの?」

 正直、心と体が辛かったので、これ以上の面倒ごとは先延ばしにしたい。

 そんな素直な気持ちが、うっかりと口から零れ出てしまっていた。

「申し訳ございません…私、今日は本当に疲れてしまっていて…」

 『王族の誘いを断るなんて!!』と、心の中の貴族令嬢わたしが社交に対する怠惰を叱責するけども、今の私は、ホントにそんな礼儀すらもどうでも良いし、なんなら今すぐ走って逃げたいくらいに何もかもが面倒臭かったのだ。


 シーリズ先生ポンコツと舌戦を繰り広げたおかげで、本日分の気力をごっそり持ってかれたせいだと思う。


 あと、逆断罪後のキャスリーナ嬢が見せたふてぶてしさにも、ちょっぴり嫌気がさしていたのもほんの少しあった。


 人間、気力がないと立っていることすら億劫になるものだ。

今は顔を見たくないと思う人間と、同じ教室に居続ける根性もすり切れちゃったことだし。


 と、まさにそんな気分であったから、申し訳ないけど王子とも話をしたくなかった──のだが。

「僕の馬車で送りがてら渡すから」

「………それでしたら…」

 さすがにこうまで粘られると断り辛くなるし、しかも目の前の殿下の様子が耳の垂れた子犬に見えちゃったもんだから、無碍に断るのも可哀想に思えてきちゃったよ。

 仕方がないので殿下の申し出を受け入れ、我が家の馬車には空のまま帰ってもらい、私は殿下と一緒に王家の馬車へと乗り込んだ。

 相変わらずふかふかでクッションの利いた椅子は座り心地最高で、現金な私はちょっとだけ気分が良くなってしまう。やっぱり金のかかった馬車は良いわね!!乗り心地も悪くないし!!


 …って、それはそうとして、場所を変えなきゃならんプレゼントってなんだろ??


 気分が良くなると、途端に、その中身が気になってきた。

 ちらりと殿下に視線を送ると、彼は満面の王子スマイルで応えてくれる。

「ちょっと目を閉じてて?」

「??……はぁ……」

 疑問に思う私を置いてけぼりに、殿下はちょっと……いや、かなり楽しそうな様子であった。なんというか、悪戯を仕掛けた子供のよう、というか、私の反応を期待して、ワクワクしてる、というか??

 うーん…いったいなにをプレゼントしてくれるんだろ??

「手を出して、アウラ」

「……はい?」

 目を閉じて真っ暗な視界の中で、指示された通り両手を差し出す。

と、なにやらふわりとした感触が掌に置かれた。


 んん??なんだ、これ??


 プレゼントはてっきり宝石とか、ドレスとか、花とか、そういう類の物かと考えてた私は、その想定外の柔らかい感触に思わずビクッとしてしまう。

「え………??」

 ていうかこれ、なに??柔らかいし、ほんのり温かいし……えっっ、なんか動いた!!!!えっ、えっ!?なに、生き物??生き物なの??これ……って、ちょっと待って、なんか音が…いや、鳴き声…鳴き声!?聞き覚えがある小さな声…いやいや待って!!嘘っ!!嘘でしょ!?この鳴き声は……!!

「目を開けて良いよ、アウラ」

「…………!!!!」

 確かめたい。今すぐ目を開けて正体を見極めたい。

 そんな衝動に駆られていた私の耳に、王子からの許可が届いたので私は瞬時に目を見開いた。

 そして、己が掌の上をまじまじと確認する。が、私はそこにある光景が信じられなくて、何度も何度も瞬きを繰り返した。だって、嘘でしょ、こんな…こんなことって……


 こ、仔猫ぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!! 


 掌の上でニゴニゴ動く物体を前に、私は脳内でありったけの声を張り上げ叫んでいたのだった。

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