第10話

「ミィナ、グスタフ男爵の令嬢って知ってる?」

 男主人公であるはずの王太子殿下が、ヒロインの名前を覚えてないという緊急事態。

 原作ゲームを10分だけプレイした私も、ヒロインの名前なんて忘却の彼方だし。

 さて、どうしたものか??と思いつつ、物は試しと専属メイドのミィナに聞いてみると、

「グスタフ男爵令嬢というと、男爵が平民に産ませた娘で…ずっと平民として暮らしておられて、数年前、籍に入れたと聞いております。お名前は確か、キャスリーナ様とか」

 『詳しくはありませんが…』と前置きしつつミィナは、ヒロインの名前から、容姿、生い立ち、性格など、めちゃくちゃ詳しい情報を教えてくれた。情報過多に慌てて途中で止めたけど、ひょっとすると身長・体重・スリーサイズまで知ってるんじゃなかろうか??という勢いだった。何者だ、貴様。


 しかしそのおかげで、ほんの少し設定を思い出した。


 キャスリーナ(愛称リーナ)は貧乏育ちで。けれど純粋で素直で優しい、まさにヒロインな性格の少女…という設定だったはずだ。しかし、

「ドジっ子って設定は無かったはずだけど……」

「……設定?」

「あ、ううん。なんでもない」

 今朝の様子を思い浮かべながら、思わず漏れた一言をミイナに突っ込まれた。いかんいかん。前世由来の言葉をあまり口にしないよう気を付けないとね。と、適当に誤魔化しておく。

 それにしても、このままでは王太子殿下からの婚約破棄は難しそうだ。

「王子に送って貰えて良かったですねえ、お嬢様!」

「話すこともないし、気まずいばっかりで大変だったわよ…」

 助けを求めたのに置いて行かれた恨みを込めて愚痴ると、ミィナは『またまた~まんざらでもないくせに~』とでも言いたそうな顔でニヤニヤ笑った。両手で顔掴んで横に伸ばしたろか。

「でも、どうして、せっかくここまでいらしたのに、お茶にお誘いしなかったんですか?」

「は??なんでよ。用もないのに…」

 言いかけてやっと気付いた。帰り掛け王子が何か物言いたげだったのって、ひょっとしてそれだったのかな??って。いやまあ、面倒だから気付いたとしても、誘いはしなかっただろうけど。

 それはそうと──

「ミイナ…ちょっと聞きたいんだけど…」

 この世界がゲームの世界と解ったので、ひとつ気になることが出来てしまった。

「私って、意地悪な悪女になれると思う??」

 そう。私は本来なら、ヒロインと敵対する『悪役令嬢』だと確定したのだ。

 つまり、ヒロインに意地悪しなくてはならない立場なのである。だが──

「無理ですね」

「即答か!!」

 よくある転生物だと記憶が戻る前後で、性格が変わるなんてパターンは良くある。なのに私はどうやら、前世の性格が色濃く出てしまったらしく、記憶が戻る前も後も性格にほとんど変化がなかった。

 おかげでクラスメイトや、家族、屋敷の使用人らとの関係は悪くない…というか、父からは溺愛されてるし、使用人からも大切にされてるし、友人もわりと多い方だと思う。


 つまり、悪役令嬢らしくない、のだ。


「では試しに私に意地悪を言ってみてください」

「えっ、なんて?」

「そこを思いつかないあたりで、もう駄目じゃないかと…」

 速攻、見放されそうになって慌てる。いや、唐突に意地悪とか、普通、思いつかないでしょ。まあ、物語の悪役って、素で意地悪出来てる感あるけども。

「待って!!なにかお題をちょうだい!!」

 ヘタレ悪役令嬢としては、まず意地悪するためのヒントみたいなものが欲しいところだ。そう思った私は、ミイナにお題を与えてもらうことにしたのだが。

「では、この紅茶をマズいと」

「えっ、美味しいわよ?」

 手にしていた紅茶を一口飲んで、ついうっかり本音が口から零れてしまった。いかんいかん。意地悪言わなきゃならないのに、褒めてどうすんのよ??と、慌てて『マズい紅茶ね!』と言い直すが、すでに手遅れとばかりにミイナはため息をついてしまう。

「そこでカップを割るくらいしないと駄目ではないですか?」

「えっ、やだ。勿体ない」

「……やはり、お嬢様に悪女は向いてないかと」

 結局、ダメ出しされた上に、悪女落第を言い渡されたよ。

 でも、うん。まあ、自分でもわかる。これは無理だ。


 悪女がカップひとつ如きを、勿体ないと思う時点でアカンだろう。


「うーん……やっぱ無理か…」

「性に合わないことはなさらない方がよろしいかと」

 ですよね。


 でも、じゃあ、どうしよう。

 このままじゃ婚約破棄なんて夢また夢。

 楽々ご隠居ライフが遠のくばかりだよ。


「王子が彼女を好きになってくれたら、なんとかなるんだけどな~」

「はたから見ても王子はお嬢様のことがお好きなようですが」

 え?そうなの??と驚いてミイナに視線を送ると、めちゃくちゃ憐れみの視線で見つめ返されたあげく、『はあ~~』と長く深いため息を返されたのだった。


 いや、だってそんなの解んないし。そりゃ確かに、原作ゲームよりは、優しい気もするけども。

 しかし、アウローラとして生きた記憶のどこを掘り返しても、王子から『愛してる』とか『好きだ』とか言われた覚えがないしさ??


 やっぱミイナの勘違いだよ。たぶん。


 そうと納得したからには、明日からの計画見直しを──と、ペンをとって紙に書こうとするが、何も思いつかず30分は白紙のまま。いざペンを動かして描いた物は、私自身、良く解らないし意味もないと思える単なる落書きで……

「まずはお食事をとられて、ゆっくり入浴し、あとは何も考えず寝てください」

 おかげで、事態をそっと見守ってくれていたミイナから、やんわりと『無駄なことに頑張るくらいなら飯食って寝ろ』と言われたよ。

「……そうする」

 確かに今日1日で色々あったしね。考えるのは明日にして、今日はもう寝よう、と決めた私だった。

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