第11話

 夢を見た。


 もふもふの柔らかい生き物の夢。


 そして思い出した。


 私が目指す余生に足りない存在を。


「…………猫!!!!!!!!!!!!!!!!」

 枕元にもふもふの気配を感じて飛び起きたが、目が覚めた途端に夢だったことを理解した。


 そうだ。そうだった。


 どうやって婚約破棄して貰うかと、そんなことばかり考えていて、私はなにより大切なことを失念していたのだ。


 そう、前世でもずっと夢見ていた。

 猫を飼うことを。


 前世。日々、税金と戦いながら働いていた私は、いつも子供の頃、実家で飼っていた武蔵のことを思い出していた。


 武蔵は、私にとても懐いていた、真っ白で可愛い雌猫だった。


 うん…ああ、いやその……メスなんですよ。

 女の子なのに武蔵…とか思うかも知んないけど、これには一応それなりの事情がある。


 武蔵は拾った時、生まれたばかりでとても小さく弱くて、病院の先生からも『生きられないかも』と言われていたのだ。だから私は、子供心に『強そうな名前を付けてやれば…』と考え、パッと思いついた剣豪の名前を付けてしまった。

 両親も仔猫が生きられないと半ば諦めていたから、私のそんな無茶な命名を否定しなかったのだが…そしたらなんと、仔猫は逞しく生き延びてくれて──そして、元気になる頃には『今更名前を変えるのも??』と言う困った状況に陥っていたのだ。


 なにせ、武蔵自身も名前覚えちゃったみたいで、名前呼ぶと返事しちゃうし。


 まあ、そんな経緯を経て、我が家の家族になった武蔵は、それから16年間生きた。

 その死を看取った時は悲しくて、寂しくて、物凄く辛かったけれど。


 でも、それでもまた私は、もう一度、猫を飼いたいと思ったのだ。


 しかし、実家を離れ1人暮らしを始めると、なかなかそうはいかない現実を思い知らされた。


 猫飼えるアパートって、家賃高いし、なかなか無いんだよね!!!!


 犬飼えるアパートは割とあるんだけど……。たぶん、犬と違って猫は壁やら床やらを引っ掻くから、なんだろうけどさ。それも飼い主のしつけ次第だと思うんだけどなぁ。

 ちなみに武蔵はそんなことしなかった。

 ……絨毯で爪とぎはしてたけど。

 おかげで我が家は数年おきに絨毯をとっかえてたなぁ。

 まあ、それは置いとくとして。


 実家は兄が家を継いだから戻る訳にも行かなかったので、私は働けるうちに働いて老後のためにと『猫貯金』を始めた。古くて小さくてもいいから家を手に入れ、そこで猫を飼って余生を過ごそう、と目論んだからだ。

 残念ながら家を買うことは出来なかったが、兄が嫁の実家に義両親と住むことになったので、翌年から私に実家を譲ってくれることになっていた。


 ──なのに、どうやら私は、その直前に死んでしまったらしい。


 夢の年金暮らしと、飼い猫との余生が……!!!!


 まあ、もはや済んでしまったことは仕方がない。

 むしろ飼う前に死んでよかったのかも知れないと思うことにした。


「お父様!!!!猫を飼いたいのですが!!」

 夢で思い出した私は朝の身支度を終えると、待ちきれないとばかりにお父様の執務室に飛び込んだ。

「……どうしたんだ、アウラ」

「猫です、猫!!雑種で良いので、猫を飼いたいのですわ!」

 朝の執務を邪魔されたにも拘らず、お父様は私に対して、嫌な顔ひとつ見せずに優しく問い掛けてくる。溺愛された愛娘だからこそ許される暴挙よね。などと内心でほくそ笑みつつ、お父様に猫の可愛さや、猫の居る生活の素晴らしさをアピールする……が。

「アウラの気持ちは解ったがね…猫とはなんだね?」

「………………え?」

 お父様はまずそれ以前に、猫、という単語に疑問を返してきたのだ。


 そこでようやく私は思い出した。


 そうだ。そうだった。


 私は子供の頃、同じように猫が欲しいと、今と同じように、お父様に強請ったことがある。

けれど、結局、その願いが叶うことはなかったのだ。


 何故なら──


 そもそもこの世界に、猫と言う生き物が、存在しなかったからだ。


「つ……詰んだ……!!」

「アウラ…??どうした!!」

 思い出した途端に私は、お父様の執務机に突っ伏した。

 私の夢の年金生活…ならぬ、金持ちの極楽隠居生活は、そのもっとも重要なファクターが欠けて、そもそも最初から破綻してしまっていたのだ。

「お父様……16年間有難うございました…私は幸せでした…」

「待て待て!!何故、過去形だ!!??アウラ!!しっかりしろッ」

「猫がいない世界なんて…!!私はもう生きていけません…!」

「アウラー!!??」

 猫がいないと言う事実に打ちのめされ、人生すらも詰んだと思い込んだ私は、この後、学校へ行く気すらなくなるほど落ち込んだのだった。

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