第9話

「………痛ッ!?」

「……アウラ?」

 出会いのシーンと言う名の混乱の現場から、何故か男主人公である王子と共に退場し、ようやく校舎内に入った『悪役令嬢』の私であったが。

「どうしたんだい?怪我を?」

「あ…いえ、ちょっと捻ったみた…ええ!?」

 気付かなかったけどヒロインの猛アタックで、私は足首を軽く捻ってしまっていたらしい。歩いたことで痛みに気付いた私は、壁に手をついて立ち止まり、しゃがんで足首を確かめようとした。その時、

「医務室へ行こう」

「ちょ……ひえええっ!?」

 断りを入れる間もなく、私は王子に抱え上げられて──って、ひゃあああっ!!待って待って、やめてやめて!!なになになに!?なんで人のことお姫様だっこしてんのよおおおお!!??

「じっとしてアウラ。連れて行くから」

「いえあのあわわわわっっ!?」

 なんと、王子は私を両腕で抱え上げると、そのままスタスタ歩き始めてしまったのだ。

 という訳で私は一瞬でパニック状態に。

 いや、もう、なにせ前世では終生処女を貫く勢いでしたからね!?三次元の男の人と付き合った経験皆無だし、こんな状況どうにも無理ないことと思うんですよ!!

「アウラは軽いね。羽みたいだ」

「……………っっっ!!??」

 そんな訳ないでしょ!!羽より軽かったら拒食症で死んでるわ!!

 つか、顔!!顔が近い!!息がかかる!!そんな端正なお顔で、こっち見んな!!

 うわああ!!周囲からの視線が痛い!!やめてみないでコレは夢だと言ってええ!!


 正直、前世で漫画読んだりしてた時は、お姫様抱っこに憧れたことはある。


 だがあくまでそれは、『ヒロイン』が抱っこされるのが『良い』のであって、それが『自分であったら』と言う類の憧れではなかったのだ。というか私は『自分なら絶対にお断りだ』と思っていた。いや、実は今もそう思っている。


 だって恥ずかしすぎるでしょ!?人前でこんな抱えられ方!!??


 こんなんされるくらいなら、小脇に抱えられたり、米俵みたいに肩に乗せられた方がマシ…って、いや待て私。どうしてそこでお米様抱っこが出てくんの。普通におんぶで良いでしょ!?

 イカン。私ったら、有り得ない──というか、あまりにも想定外すぎる展開で、かなりパニックに陥っているみたいだ。いったん、落ち着け。深呼吸だ。

「……で、殿下ッ、私、歩けますわ!」

「無理は良くない。酷くなるかもしれないからね」

「いえっ、本当に、たいしたことないので、おろしてくださいッッ」

「大丈夫だよ。私だって鍛えているから。心配しないで」

 お前の心配はミリもしてねえ!!とは脳内で即突っ込み入れたが、もちろん口にできる訳がなかった。


 そうして結局、たいした抵抗も出来ないまま、私はお姫様抱っこで医務室まで連行されてしまったのである。


 いっそ気絶したい。

 というか記憶から抹消したい出来事だった。


「たいしたケガでなくて良かった」

「……うふふ…ご心配をおかけしまして…」

 その日の授業を終えて帰路に着いたら、どうしてだか殿下の馬車に乗せられていた。

 公爵家の馬車が迎えに来てるからと、断りを入れたにもかかわらず、

「送るよ。心配だからね」

 と王子様スマイルでにっこりされてしまって。

『お嬢様、ファイト!!』

 迎えに来た専属メイドのミーナは、グッと親指立てて無言のまま去ってったよ。あんなにも必死に『助けて』って目で訴えたのに。『ファイト』じゃないよ、『ファイト』じゃ。てか、何そのジェスチャー??そんなのどこで覚えてきたのよ!?……って、教えたの私か。


 それにしても……会話に困るな…


 なに話せば良いのやら…


 これと言って話すことがないせいで、なんとなく沈黙が続く馬車の中。

気まずさに耐え兼ねた私は、何か会話の糸口は…と必死に考え、

「さすが王家の馬車は、クッションが良いですね」

 とか、心底どうでも良いことを口にしてしまっていた。

「そ…そうだね」

 王子もどう反応して良いか困って、曖昧な顔して笑ってますやん…アホだな、私。

「あの……」

 そういえば、と今朝のイベント…じゃない、珍事件を思い出した私は、あることに気付きハッとして、当事者の1人でもある王子に問いかけてみた。

「今朝の令嬢、王子はご存じなのですか?」

 そう。ヒロイン!ヒロインなのに置いてけぼり食った彼女!!

 考えてみたら彼女、あの場で誰にも、名前呼ばれてないじゃない!?

 メイン男主人公の殿下ですら、彼女の名前を口にしてないよ!!

「ああ…ええと、確か…グスタフ男爵のご令嬢で…名は…何と言ったかな??」

 わあ!!名前覚えられてないよ!!ヒロイン!!

「ご存じないので……?」

 まさかの事態に焦りつつさらに問うと、殿下は困った様に笑いながら、

「いや…突然、後ろから体当たりされて、問うてもないのに自己紹介されたからな…」

 アプローチがワンパターンだよ、ヒロイン!!!!!!

 あと、下位の者から名乗ったらダメでしょ!!非常識か!!!!

「そ…そうなんですね……」

 これはアカン。ヒロインもかなりのポンコツだ。

 ていうか、もしかして、だからこそ王子は、あの場で私が何もしてないと確信してたのかな。うん。それなら心から納得できる。序盤からシナリオを改変した犯人がいるとするならば、それは私ではなくきっとヒロイン本人のポンコツゆえだ。

『……ひょっとして…』

 これはヒロインも私と同じ転生者の可能性あるな。と、私は考え始めた。

 もちろん根拠なんかないが、よくあるパターンだし…ありうるだろう。じゃなきゃ、私が今ここでこうして、王子殿下と仲良く馬車に乗ってる訳がない。


 とはいえ、私がゲームをクソ認定してぶん投げたのって、まさに今朝の『ヒロインが学院にやって来た』所までなので、ホントにもうここから先の展開が全然サッパリわからなかった。

 だから、殿下に送られて帰るイベントの相手が、本来なら私だったのか、ヒロインだったのかも分からない。というかそもそも、そんなイベントがあったのかどうかさえも不明だ。


 前世でこのクソゲーのネタバレだけは読んだ気もするんだけどなぁ…。

 面白くもなんともなかったせいか、内容ちっとも覚えてないんだわ。


「あら。着きましたわ。本日はまことにありがとうございました」

「ああ……では、また明日」

 そうこうしてる間に馬車は我が家…というにはデカすぎ広すぎな公爵邸に着いていた。窓からそうと確認した私は、待ってましたとばかりにいそいそと馬車を降りる──なんか、王子が物言いたげにしてるけど、どう考えても面倒な気配しかしないし無視無視!!

「それでは失礼いたします、王太子殿下」

 私はにこやかに微笑んで礼を告げ、足早に屋敷の門をくぐったのだった。


 ああ……疲れる1日だった。

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