第2話

「はあ……」

 朝の準備を終えてため息をつく。

 ていうか、漫画や小説で読んで知ってたけど、ホントにたかが着替えに何人ものメイドが付くんだな。無駄って言うか、大袈裟って言うか。

 朝っぱらから入浴させられるし。浴室にまでメイド付いてくるし。身支度に軽く1時間は経ってるし。なんかもう、まだ朝だというのに疲れた。

 朝食もこれでもか!!と豪華な物がたくさん用意されたけど、朝からそんなに入る訳がない。しかもどれもこれも胃に重い。あああ…梅干しでお茶漬け食べたい。

「アウラお嬢様、あまり朝食をお口にされませんでしたけど…体調でもよろしくないのでは?」

「んん…大丈夫よ。ミイナ」

 心配そうな顔で私の顔を覗き込んでくるのは、小さな頃から私を世話してくれてるミイナ・ロッテ。

 黒く長い髪を後ろでまとめ、心配そうな顔で私を見詰めてくる青い瞳。まるでお母さんのように接してくれる彼女を、幼い頃から私はずいぶんと慕っていたようだ。


 何故かというと、今の私には母が居ない。


 母である公爵夫人は私を産んですぐ亡くなった。

 しかも、父は今も母が忘れられないのか、まるで再婚する気配がない。

 おかげで私は乳母と乳母の娘であるミイナに育てられたようなものだったのだ。

 

 まあ、下手に父が再婚して、万一、その義母が意地の悪い人だったりするよか全然良いけど。


 という訳で現在、オイレンブルク公爵家の広大なこの屋敷には、公爵である父ウイリアルド・アズ・オイレンブルクと、2つ年上の兄ティアーリオ・シズ・オイレンブルクと私の3人だけが住んでいた。


 あ、あとメイドと執事とその他色々数十人。


 そんだけ人が生活していても、全然、部屋に余裕があるって凄いなぁ。

 ていうか屋敷の敷地内に使用人用の別邸があるだとか。

 うん、やっぱ無駄に広すぎるわ。この屋敷。


 転生して(?)前世の記憶(?)が甦ってから1週間。

 最初は何が何やらで混乱してしまって、まともに何かを考えることが出来なかった私だが、ようやく落ち着いてきて思考をまとめられるようになってきた。


 アウローラとして生きてきた記憶も、前世の記憶もある状態ってのはなかなか不思議なものだけれど、おかげでマナーだの人間関係だのを今更履修しなくて済むのはありがたい。いや、なにせ庶民育ちの庶民暮らしだから。


 とりあえず大まかな状況をまとめておくと、アウローラの生きてるこの国の名は、剣と魔法の混在する世界『ファイローラナ』にある大国『スティクレール』

 日本ほどじゃないけどそこそこ歴史のある国で、大陸の中央に広大で豊かな国土を持っている。

 文明レベルは前世で言うところの中世。いうなればお姫様とか王子様とかがリアルでキラキラしてるような、漫画かアニメでしか見たことないきらびやかな世界って訳だ。


 日本の田舎で4畳半暮らしが身に付いた私には、なかなか馴染めない眩い世界ではある。

 庶民に生まれていれば、さほど違和感なく馴染めたかも知れないが。

 

 それはともかく。


 その国の貴族──しかも、国王に次ぐ権威を持つオイレンブルク公爵家へ生まれてしまった私には、幼少時に取り決められた婚約者がいた。


 リュオディス・アルト・スティクレール


 なんとこの国の王子で、しかも未来の国王たる王太子様、だ。

 

 前世では二次元にしか恋せず、生涯未婚で処女のまま死んだ私に婚約者!!

この事実を思い出した時は思わず憤死するかと思った。


 いや、なんか照れ臭いというか恥ずかしいというか、漫画やアニメや小説の中でしかお目にかからなかったような存在が、現実の自分には居るというこの事実自体がなんとも面映ゆくてならなかったのだ。


 今考えても背中がムズムズする。

 こんな自分でも良く解らない気持ちが、分かってもらえるだろうか??


 ちなみに彼に対する恋愛感情はない。

 アウローラとしての私にもまた、婚約者である王子へは『親の決めた婚約者』以上の物は特になかったようだ。というか、前世の私と同様、そういう感情に鈍い質なのかも知れない。


 しかし、このままだといずれ私は王太子と結婚し、この国の王妃となってしまうのだ。


 正直に言おう。


 面倒臭い!!!!


 一度目の人生を60年以上も生きてきて、また10代からやり直しと言うのも果てしなく面倒なのに、そのうえ、絶対に毎日無駄に忙しいし色々と面倒この上ないであろう王妃になるだなんて!?


 なんの罰ゲームだ、これ!!!!


 あああああ!!!

本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!


 そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!


 一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!


 かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。


「穏便に婚約破棄して、田舎でのんびり1人で隠居!!…これだ!!これしかない!!!!」

 こうして転生人生1週間で貴族の生活にもうんざりしていた私は、齢16のみそらで『楽して暮らせる隠居生活』計画を真剣に考えることとなった訳である。

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