転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
第1話
「アウローラ・リズ・オイレンブルク公爵令嬢!!貴女を告発する!!」
ああ、やっとこの日が来た。
多くの貴族らが集う公衆の面前で、無礼にも指差され大声で名指しされながら、私は内心で自分自身に『よく頑張った』とねぎらいの言葉をかけていた。
目の前には婚約者と、その友人らと、か弱げな令嬢。
これ良くあるパターンだし、前世で何回も同じシーンを見たり読んだりしたなぁ。とか、これがいわゆる『断罪』クライマックスよね。などと、まるで他人事のように感慨深く思いつつも、声を上げているのが婚約者でなく、その友人というのが『ンン??』と疑問に感じたりもしていた。
何はともあれ、これでやっと私の悲願は達成される。
ここへ至るまでの記憶を思い浮かべながら、私は、ようやく訪れた待望の瞬間に『あともう一押し!!』とばかりにニコリと微笑んで見せた。
私の名前は成瀬裕子。
日本という国に生まれた、どこにでもいる普通の女だった。
自分で言うのもなんだけど、生まれてこのかた62年。我ながら平々凡々な人生だったと思う。
何故なら私の人生には、これといった悪いことも、特別に凄く良いことも起こらなかったからだ。
たぶん、お手本みたいに平凡な人生。
でもまあ分相応だったのではないかと思う。
なにしろ私には特別なところが何もなかったから。
まず容姿が普通。というか不美人のカテゴリに入るくらいの残念な出来。
育ちもまあ平均的な一般家庭で、まさに庶民オブ庶民な感じ。
漫画やアニメ・ゲームなど、いわゆるオタクな趣味は持っていたが、それで何か成し遂げられるほどの技術も才能も根性もない。
かと言って仕事で成りあがったり、財を成す才覚も運も野心もない。
細々と日々の糧を得て生きるだけで精いっぱいだった。
そりゃあ、セレブな生活に憧れはある。
というか、老後の貯えを気にせず生きられたらなぁ、とか、家賃の要らない自分のお家が欲しいなぁ、とかいう程度の、ささやかな財産に対する憧れといった方が正しいのだけども。
だが、それ以外にこれと言った不満はなかった。
『つまらん人生』と思えるかも知れないけど、私としては大方満足していると言って良いと思う。
ぶっちゃけ、あとは老後をのんびり暮らせたら、私はそれだけで良かったのだ。
美貌も要らない。
過分な財産も要らない。
しいて言うなら、(趣味のために)もうあと少しの画力や文才が欲しかったりするけども。
──あとは、さっきも言ったことだけど、1人で暮らせる小さな家があって、年金と貯金と、少しのパート収入で日々が暮らせて──他には…ええと…うーん、そうだ!
他には、その小さな家で趣味に興じながら、猫を1匹を飼えたら最高なのになぁって、もはや妄想に近い願望を常に抱いてる、そんな程度の人間でしかなかったのだ。
ありきたりで平凡で平穏そのもの。
ある意味幸運な、けれど、世界中どこにでも転がってそうな人生を生きてきた私だけども。
まさか『ようやく年金貰える年が近づいてきた!!』って安堵しかけた年になってから、第2の人生を生きなおす羽目になるだなんて思ってもみなかった。
「もう1回、人生やり直しってか……」
しかも有り得んほどきらびやかな世界で。
「お嬢様、どうされました?」
鏡に映る自分の姿を見ながらため息をつくと、気付いたメイドが心配そうに声を掛けてきた。
「いいえ。なにも」
私は何事もなかった態で振り返り、目に入る豪華絢爛な室内に改めて呆れかえる。
持ち家があれば良いなぁ…とは思ったが、こんなにデカイ家というか城みたいな屋敷は欲しくなかった。まあ正確に言うと私の物じゃなくて、父である公爵の持ち物だけど。それはともかくとして、
「……広すぎる…」
なにせ、今いるこの私室だけで、私が理想とした平屋の一軒家くらいありそうだもの。
無駄に広いし、装飾過多だし、寒々しいし、自分の部屋だというのにまるで落ち着かない。
「畳とコタツが欲しい……」
いや、この際フローリングでも構わないけど、このあまりにふかふか過ぎる高価そうな絨毯は要らん。
なんていうかまるで動物踏んでるみたいな気分で罪悪感半端ないのだ。おかげで足を一歩踏み出すたびに私は、猫か犬かを踏んだ気がして無駄にビビってしまう。
それにしても、なんでよりによって平凡の権化みたいなこの私が、こんな有り得ない世界へ生まれ変わってしまったのか。
そう、生まれ変わり。
それとも憑依したのだろうか。
どちらなのかは良く解らないし、きっと調べようもないだろう。
けどまあ、この際、どちらであっても大差はない。
私は私の生きていた世界でおそらく、なんらかの原因で突然死してしまったのだ。脳溢血か、心筋梗塞か。死の前後のことは全然、なにも覚えてはいないけども。
そうしてこの世界の人間として生まれ変わった。
そう、
アウローラ・リズ・オイレンブルク公爵令嬢として。
「はあ……」
朝の準備を終えてため息をつく。
ていうか、漫画や小説で読んで知ってたけど、ホントにたかが着替えに何人ものメイドが付くんだな。無駄って言うか、大袈裟って言うか。
朝っぱらから入浴させられるし。浴室にまでメイド付いてくるし。身支度に軽く1時間は経ってるし。なんかもう、まだ朝だというのに疲れた。
朝食もこれでもか!!と豪華な物がたくさん用意されたけど、朝からそんなに入る訳がない。しかもどれもこれも胃に重い。あああ…梅干しでお茶漬け食べたい。
「アウラお嬢様、あまり朝食をお口にされませんでしたけど…体調でもよろしくないのでは?」
「んん…大丈夫よ。ミイナ」
心配そうな顔で私の顔を覗き込んでくるのは、小さな頃から私を世話してくれてるミイナ・ロッテ。
黒く長い髪を後ろでまとめ、心配そうな顔で私を見詰めてくる青い瞳。まるでお母さんのように接してくれる彼女を、幼い頃から私はずいぶんと慕っていたようだ。
何故かというと、今の私には母が居ない。
母である公爵夫人は私を産んですぐ亡くなった。
しかも、父は今も母が忘れられないのか、まるで再婚する気配がない。
おかげで私は乳母と乳母の娘であるミイナに育てられたようなものだったのだ。
まあ、下手に父が再婚して、万一、その義母が意地の悪い人だったりするよか全然良いけど。
という訳で現在、オイレンブルク公爵家の広大なこの屋敷には、公爵である父ウイリアルド・アズ・オイレンブルクと、2つ年上の兄ティアーリオ・シズ・オイレンブルクと私の3人だけが住んでいた。
あ、あとメイドと執事とその他色々数十人。
そんだけ人が生活していても、全然、部屋に余裕があるって凄いなぁ。
ていうか屋敷の敷地内に使用人用の別邸があるだとか。
うん、やっぱ無駄に広すぎるわ。この屋敷。
転生して(?)前世の記憶(?)が甦ってから1週間。
最初は何が何やらで混乱してしまって、まともに何かを考えることが出来なかった私だが、ようやく落ち着いてきて思考をまとめられるようになってきた。
アウローラとして生きてきた記憶も、前世の記憶もある状態ってのはなかなか不思議なものだけれど、おかげでマナーだの人間関係だのを今更履修しなくて済むのはありがたい。いや、なにせ庶民育ちの庶民暮らしだから。
とりあえず大まかな状況をまとめておくと、アウローラの生きてるこの国の名は、剣と魔法の混在する世界『ファイローラナ』にある大国『スティクレール』
日本ほどじゃないけどそこそこ歴史のある国で、大陸の中央に広大で豊かな国土を持っている。
文明レベルは前世で言うところの中世。いうなればお姫様とか王子様とかがリアルでキラキラしてるような、漫画かアニメでしか見たことないきらびやかな世界って訳だ。
日本の田舎で4畳半暮らしが身に付いた私には、なかなか馴染めない眩い世界ではある。
庶民に生まれていれば、さほど違和感なく馴染めたかも知れないが。
それはともかく。
その国の貴族──しかも、国王に次ぐ権威を持つオイレンブルク公爵家へ生まれてしまった私には、幼少時に取り決められた婚約者がいた。
リュオディス・アルト・スティクレール
なんとこの国の王子で、しかも未来の国王たる王太子様、だ。
前世では二次元にしか恋せず、生涯未婚で処女のまま死んだ私に婚約者!!
この事実を思い出した時は思わず憤死するかと思った。
いや、なんか照れ臭いというか恥ずかしいというか、漫画やアニメや小説の中でしかお目にかからなかったような存在が、現実の自分には居るというこの事実自体がなんとも面映ゆくてならなかったのだ。
今考えても背中がムズムズする。
こんな自分でも良く解らない気持ちが、分かってもらえるだろうか??
ちなみに彼に対する恋愛感情はない。
アウローラとしての私にもまた、婚約者である王子へは『親の決めた婚約者』以上の物は特になかったようだ。というか、前世の私と同様、そういう感情に鈍い質なのかも知れない。
しかし、このままだといずれ私は王太子と結婚し、この国の王妃となってしまうのだ。
正直に言おう。
面倒臭い!!!!
一度目の人生を60年以上も生きてきて、また10代からやり直しと言うのも果てしなく面倒なのに、そのうえ、絶対に毎日無駄に忙しいし色々と面倒この上ないであろう王妃になるだなんて!?
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
「穏便に婚約破棄して、田舎でのんびり1人で隠居!!…これだ!!これしかない!!!!」
こうして転生人生1週間で貴族の生活にもうんざりしていた私は、齢16のみそらで『楽して暮らせる隠居生活』計画を真剣に考えることとなった訳である。
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