第20話 ♠ 接触と探偵

 午後九時半。自室でくつろいでいると、AIのNPC「アオミちゃん」から俺のDiscordに通知が来た。


 NVRエキスポのパブリックワールドにて「スマイル」との接触を検知――。


 俺はすぐにVRヘッドセットを被って、NVRにログインした。



 そこは遊園地のようなワールドだった。


 そういえば、かつてここによく似た遊園地に行ったことがあるなと思い出す。

 もう十年も前のことだが、俺の家族とひかりの家族とで一緒に夏休みに遊びに出掛けたのだ。

 その時はひかりと仲良く手を繋いで歩き回っていたのだが、彼女の手汗が凄いことを指摘したら、ひかりが泣き出して、思い切りビンタされたんだっけ……。

 このエピソードは今となっては笑い話に――なっているだろうか?

 もしかしたらあいつはまだ根に持っているかもしれない。


 ワールドの奥へと進んでいくと、アオミちゃんに話し掛けて遊んでいるひとりの美少女アバターを発見した。怪しまれないようにゆっくりと接近する。


「あれ、お揃いのアバターですね〜」

「え? ああ。ホントですね」


 ボイスチェンジャーを通した声で話し掛けると、スマイルは素直に驚いたような反応をした。自分と同じ姿の美少女が急に現れたのだから、無理もない。ちなみに、向こうの声は完全に素のおっさんだ。


「あ、でもそのピアスは素敵ですね! 自分で改変したんですか?」

「そうですよ。モデリング……ってほどでもないですけど、細かい作業には慣れているので、Blender使って自分でやったんです」


 知ってる。

 Xitterで見たから。


「凄いですね〜! 私、そういうの全然わからないので」

「いや、それほどでもないですよ」


 俺の声はいま、完全に女の子のそれになっている。

 リコピンと銀情めたんに勧められた最新のボイスチェンジャーを使ってみたところ、完全に”適合”したのだ。一切の訓練無しでここまで完璧な女声が出せるのは珍しいケースだと言われた。

 その上、いま纏っている美少女アバターはかなり高級なもので、あまり二次元に興味のない俺ですら、普通に可愛いと思ってしまうほどの代物だ。

 美少女アバターを纏う男性の心理というのは、これまであまり理解できなかったのだが、この変身っぷりは気分がいい。俺はいま、完全に美少女に成っている。しかも猫耳付き。


「そうだ、このアオミちゃんの裏技、知ってます?」

「裏技?」

「はい。ここだけの話なんですけど……実は私、これを作った人と顔見知りなんですよ」

「え、それは凄いですね」

「それで、秘密の音声コマンドを知ってるんです」


 これは本当の話だ。銀情めたんから教えてもらった。


「そんなものがあるんですか。それは気になりますね」

「じゃあ、ちょっとだけやってみますか。まず普通の反応は……」


 笑顔でゆらゆらとたたずんでいるアオミちゃんに向かって話し掛ける。


「ねぇアオミちゃん、NVRのおすすめワールドを教えて」

『う〜ん、アオミちゃんね、お外のことはよくわからないんだけど、NVRエキスポのワールドはどこもとっても素敵だと思うよ! 色んなワールドに行ってみてね!』

「こんな感じですが、ここで合言葉を……」

「合言葉?」

「ねぇアオミちゃん、『青は藍より出でて藍より青し』」

『……指定されたキーワードを確認。管理者モードに移行しますか?』

「イエス」

『……管理者モードに移行しました。私はこれより『BLUE』として振る舞います。何でも質問してください』

「……とまあ、こんな感じです」

「これは凄い……!」


 スマイルはすっかり関心している。


「この状態だと素のBLUEと全く同じように返答するので、何でも答えてくれますよ。例えば……アオミちゃん、NVRで会った初対面の人と仲良くなるにはどうしたらいい?」


 アオミちゃんは、さっきとは比べ物にならないほど流暢に喋りだす。


『……NVRで会った初対面の人と仲良くなるには、まずお互いに自己紹介して、それからフレンド登録をしましょう。NVRでは気軽にフレンドを増やすことを推奨しています。それから色んなワールドに一緒に出掛けて、会話をしたり、ゲームで遊んだりしましょう』

「……とのことです。あ、私は『ミミ』って言います。なんて呼んだらいいですか?」

「僕は『スマイル』です。よろしくお願いします」

「えっと、折角なのでフレンド登録します?」

「是非お願いします! アオミちゃんのこととか、もっと色々お話聞きたいです!」


 こうして、俺たちは無事フレンドになった。



 あれから毎晩NVRでスマイルと会うようになった。

 今日はバーのようなワールドで、サシで飲んでいる――とは言っても、俺が飲んでいるのはただのコーラだ。つまみはハリボーのグミ。

 一方のスマイルは、ベロベロに酔っ払っていた。


「いやぁ、ミミさんのように聡明な女性と会ったのは初めてです」

「え〜そんなことないですよ」

「そんなことあります! 教養があって、頭の回転が速くて、お話ししていて本当に楽しいです。しかも同じアバターを使っているなんて、まるで運命のようですよ」


 こいつ、ガチで俺に惚れている。

 この状況を客観視すると、本来の俺なら気持ちが悪いと感じるのだが、いまの俺は猫耳美少女――よって、無敵。何も恐れることは無い。

 俺こそがバーチャル美少女探偵だ。


「私も、スマイルさんと話してて楽しいですよ。なんだか、安心するっていうか……ありのままの自分でいられるんです」


 大嘘だけどな。

 ”ありのままの自分”とは最も遠い地点から会話している。


「ミミさん、少し頭を撫でてもいいですか?」


 マジかよこいつ。

 一歩間違えたらメタバース・ハラスメントだぞ?

 だが、ここは我慢だ……。


「……どうぞ」


 スマイルの手がゆっくりとこちらに伸びてきて、俺の頭を撫で始めた。

 VRヘッドセットを被っているから、臨場感が酷い。というか、実際に触られているような感触がある。こういうのを「VR感覚」とか「ファントムセンス」と呼ぶのだとリコピンと銀情めたんが言っていた。

 これは、相手が美少女アバターじゃなかったら本気でギブアップするところだったかもしれない。


「ミミさん、僕はあなたのことを真剣に大切にしたいと思っています」


 おっさんの声で囁かれる。

 そして俺は、それに全力で応える。


「私もですよ。スマイルさん、ずっと隣にいてくださいね」

「でも……あなたは本当の僕を知ったら幻滅してしまうかもしれない」

「どうしてですか?」

「実は僕、他人ひとに言えないような仕事をしているんです」


 

 ただ、ここで焦ってはいけない。


「そうなんですね……でも、誰だって後ろめたい事を抱えながら生きているんだと思いますよ。私だって、誰にも言えない秘密くらいあります」


 実は男だ、とかな。


「そう言ってもらえると、救われます。でも、隠し事をしながら一緒にいるのは辛くないですか?」

「そうですね……」


 これは、いけるか?

 多分こいつは今、話すことによって楽になりたいのだろう。

 それならば……。


「スマイルさんがそう思うのなら、私、どんなことだって受け止めますよ。きっと大丈夫です。本当に大切なのは、お互いを理解しようと歩み寄ることだと思います。私は……もっとあなたの近くにいきたい」

「ミミさん……!」


 そして、スマイルはとうとう吐いた。


「実は僕、ネットの炎上工作で稼いでいるんです」

「炎上工作……それって、どういう……?」

「依頼を受けて、指定された人物を炎上させるんですよ。僕が担当しているのは主に海外のインフルエンサーとかですけど、同じチームの先輩は戦争系のプロパガンダとかもやってますね……本当に、汚い商売ですよ。最新のテクノロジーを使って人を陥れてるんですから」

「あまりピンとこないのですが……最新のテクノロジーっていうのは?」

「写真や映像を合成して捏造したり、最近だとAIによる音声合成とかですね」

「AIの音声合成……はじめて聞きました。それって、どうやって音声を作るんですか?」

「やり方は色々ありますね。誰かの声を他人の声に変換したり、あとはいわゆるボイスロイドみたいにテキストを読み上げさせる方法もあります」


 徐々に真相に近づいてきた。

 あと少し……。


「あの、疑うわけじゃないんですけど、本当にそんなので炎上するものなんですか?」

「はい。火のないところに無理やり煙を立たせることもありますけど、一番多いのは、見えていない火を表沙汰にする仕事ですね。例えば、誰かと誰かが不倫しているとして、でもその決定的な証拠が中々出てこないとする。そういう時に、僕たちが作っちゃうんです。証拠を。そうすると、不倫されてる人はパートナーにそれを突きつけて、本人から本当のことを聞き出せるわけです。世の中に出回っているゴシップの何%かは、実際にそうやって作られているんですよ」

「なるほど……例えば、誰を炎上させたんですか?」

「それは流石に教えられません」


 ダメか。

 もう少し別の角度から揺さぶれないだろうか。


「そうですか……ちょっとびっくりしちゃいましたけど、どうしてそういう仕事をしているんですか? やっぱり、お金のため?」

「ええ、実は多額の借金があるんです。一時期ギャンブルにハマっちゃって……幻滅しますよね?」

「そんなことないですよ」


 いや、普通にドン引きだが。

 ギャンブルの借金返すために非合法のバイトかよ。

 俺が言えたことじゃないが、親が知ったら泣くぞ。


「スマイルさん、借金は返してしまえばチャラになるように、罪だって償えばいいんです」

「でも、僕はもう引き返せないところまで来てしまった」

「それなら私も一緒にやります!」

「え、ミミさん……!?」

「スマイルさんとなら、どこまででも落ちますよ、私は。闇バイトだって何だってやります! だから、これからも一緒にいましょうよ!」

「ミミさん……うわぁああああ」


 スマイルはこちらからは見えない涙を流して、大声で叫んだ。なんて汚い慟哭だ。

 というか、何なんだこの状況は。


「私にも教えて下さいよ。炎上工作のやり方。私、スマイルさんを手伝ってあげますから。ふたりで一緒にやれば、二倍の速度で借金を返せます。それで自由の身になったら、その時は、私のことを貰ってくれますか……?」

「も、もちろんです! ああ、あなたは本物の天使だ……!」

「いいえ、ただの恋する女ですよ」


 なんだか段々楽しくなってきた!

 どうにか準備が整ったので、最も欲しい情報を聞き出す。


「そうだスマイルさん、もしかして最近話題になってたVtuberの事務所……ユメパッケージ、でしたっけ? あの件も、スマイルさんの仕事だったんですか? あれって確か不審な音声が出回って炎上したって……」

「よくわかりましたね。そうですよ、あれは僕がやったものです」

「すごく自然な音声でしたけど、あれもAIのツールを使ったんですか?」

「はい。あれは入力したテキストを読み上げさせるタイプですね。感情のパラメータをいくつか設定すると人間みたいに読み上げるんですよ」

「そういうのって、勉強すれば私にも作れますか?」

「うーん、『MOZZ-3もずすりー』っていうツールを使えば作れると思いますが、同じクオリティにするのは難しいかもしれません」


 やっぱりそうか。

 MOZZ-3というのはほとんど完璧に近いほど自然なイントネーションが特徴の国産テキスト・トゥ・スピーチソフトだ。

 あのクオリティはMOZZ-3だろうなと思っていたが、これで確証を得られた。

 そして、あのソフトにはもう一つ大きな特徴がある。それは、アウトプットの再現性があるというところ。ボイスロイド的な音声読み上げの技術とディープラーニングのハイブリッドとして作られたあのソフトは、という性質がある。

 つまり、あとは調整方法を聞き出すことさえできれば、捏造音声の証拠を揃えられるはずだ。


「何か特別なテクニックが必要なんでしょうか?」

「そうなんですよ。結構コツが必要で、難しいんです」

「それでもスマイルさんは使いこなせるんですね!」

「いや、あの仕事はほとんど後輩に丸投げしちゃったので、僕でも再現できないんですよね」


 あれ?

 お前が作ったんじゃないの?

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