第21話 ♥ 矛盾と遺産
私はベッドに寝転がりながらXitterのタイムラインを適当に眺めて、飽きたらそれを閉じて、またすぐに開いて眺める――という意味不明な行動を繰り返している。
これは悩んでいる時によくやってしまう癖のようなもので、実際は流れてくる文字を読んでいるわけではなく、頭の中で思考を行ったり来たりさせているのだ。
私は啓ちゃんに頼り切りだ。
前回の「QWERTYファイターズ」の依頼では、ほむるちゃんの3Dモデルを作ることで少しは”正解”に貢献できたはずだけれど、今回に関してはずっと彼ひとりで頑張ってくれている。
メタバース空間での変装、そして潜入捜査。
そんな本物の探偵みたいなこと普通の人には絶対に真似できないし、もちろん私にもできっこない。それでも、彼は実際にやっているというのだ。
彼には女装とかそういう趣味があるわけではないし、本当に心身ともにキツい思いをしているはずだ。私には、どうやって感謝の気持ちを表せばいいのか見当もつかないし、できることなら、ほんの少しでもいいから啓ちゃんの手伝いをしたいと思っている。
でも、私がNVRに行ったところで、きっと大きなヘマをしでかすに違いない。足手まといになるだけだろう。
当然、レードマンと対決することだってできないし……一体どんなことなら、私にも手伝いができるのだろうか。
そんなことを考えていたら啓ちゃんから通話が掛かってきて、すぐに出た。
「もしもし」
『ひかり、良いニュースと悪いニュースがある』
「え、何そのノリ? 啓ちゃんどうしたの?」
『……探偵みたいなことやってテンション上がってんだよ気にするな』
え、なにそれかわいい。
なんというか普段の雰囲気とは違う……ギャップ萌え?
こんな年齢になってもまだ幼馴染の新しい一面って見つけられるんだ。
「わかった。じゃあ、良いニュースって?」
『スマイルが使ったツールが判明した。MOZZ-3っていうAIを使った音声合成ソフトだ』
「すごい!」
本当に聞き出せたんだ。
あの打ち合わせから二週間も経っていないのに、流石啓ちゃん。
「で、悪いニュースは?」
『合成音声を再現できない』
「ん? それって、完全に再現する必要があるの? 証言は取れたんでしょ?」
『証言は取れたし、もちろん録画もしたが、これは証拠として矛盾する』
「どういうこと?」
『合成音声が作られた証拠として、簡単に合成できるような証拠じゃ弱いんだ。もしこの映像を公開したとしても、「AIで作ったんじゃないか」って言われたら詰む』
なるほど、それで矛盾なのか。
確かに、リコピンさんの依頼でタイニー・クワイエット・ルームの映像を捏造していたように、メタバース内の映像ならいくらでも自由に作ることができる。
それに加えてAIの音声合成ソフトの存在……もはや何でもアリだ。
「じゃあそのソフトを使ったことを証明するのって無理なの?」
『ほとんど不可能に近い』
そんな……”悪いニュース”がここまで悪いとは思っていなかった。
啓ちゃんが言う「不可能に近い」は本当に無理な時の言葉だ。
「そっか……どうしたらいいの? 私に何か手伝えることってある?」
『うーん……使ったツールはわかったから、後はパラメータの調整をどうやったのかと、何の素材を使ってAIに学習させたかがわかれば再現できるかもしれないけど、あまりにも選択肢が多すぎるんだよ。パラメータの方はどうにかなるかもしれないが、問題は教師データだな』
「教師データって、どういうものなの?」
『AIに食わせる宮本ミカンの声だよ。なるべく高音質で、一定以上の長さがあって、BGMとか効果音が流れてないやつを使ったと思うんだが、心当たりあるか?』
「一定以上ってどれくらい?」
『MOZZ-3の場合は、数十分くらいあるとクオリティが安定するって言われてる。基本的には長ければ長いほど良い。耳の肥えたオタクを騙すなら特にな』
高音質で……
数十分以上の長さがあって……
シンプルなミカンちゃんの音声……
……あ。
「銀河鉄道の夜」
『ん? 宮沢賢治の?』
「ユメパッケージの公式
『そうなのか?』
「うん。YouTubeでの雑談配信とかは全部BGMが付いてるし、ASMRならBGMは流れてないけど、あれは囁き声だしノイズが入る。ゲーム実況は論外。他にボイス系って出してなかったから、たぶん少し調べればあれに行き着くと思う。ヒバチちゃんも把握してるはずだし」
『流石ガチオタク。それ使って検証してみるわ』
「うん、頑張って!」
『あ、それとさ……』
「何?」
『女子って大変なんだな』
「何があったのよ……」
啓ちゃんとの通話が終わった。
これで少しは役に立てただろうか?
しかしながら、彼はどうして私なんかのために、ここまでやってくれるのだろう。
幼馴染だから?
それとも、
もっと特別な感情が……?
でも、一度もそういう雰囲気になったこと無いしなぁ。
悶々として、ため息をついてしまう。
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