第19話 ♥ 会議と策略
作業通話の翌日、啓ちゃんからLINEが来た。
〈リコピンって覚えてるだろ?最初の依頼人の。夜中にDMくれて、ブライルを知ってるって。それで一回会って詳しい話を聞くことになった〉
〈覚えてる!どこで会うの?〉
〈NagisaVRで。スマホ版でもデスクトップモードでもいいから一緒に来てくれないか〉
〈え、わかった〉
NagisaVR――NVRの中で対面するのか。しかも啓ちゃんも一緒に。
さて、こういう時ってどんな格好していくのがいいんだろう?
メタバースにおいて、礼儀正しいアバターとは?
それとも、啓ちゃんがいるなら、とにかく可愛いのを用意したほうがいい?
あんまり気合い入れていっても引かれちゃうかもしれないし、そんなに使う機会も無いし、とりあえずこれでいいはず。
「というわけで、はじめまして。私がフォレストです。ただのVtuberオタクですが、よろしくお願いします」
PCのデスクトップモード――これはVR機器を使わないモード――でアクセスしている私はお辞儀をすることができない。エモート機能の中にそういう動作がないか探していたら、次の人の挨拶に移ってしまった。
「どうも、オウルさんにDMを送ったリコピンです。わざわざお集まりいただき、ありがとうございます。まさかあの”メタバース除霊”のフォレストさんとお会いできるとは」
リコピンさんは全身トラッキングしているらしく、しっかりとしたお辞儀をした。
続いて、啓ちゃん。
「フォレストのリア友のオウルです」
……それだけ。まあいいか。
そして最後に、啓ちゃんが連れてきた専門家さん。
「どうも! メタバース系Vtuber兼ワトソンの銀情めたんです! いや〜フォレスト氏がこんな方だったとは! 女性でエンジニアって珍しいですねぇ!」
「いや、私はエンジニアじゃないです。そういうのはオウルくんが担当していまして……」
「ああ! そうだったんですね。つまりフォレスト氏は二人一組のチームだったと。なるほどなるほど……どうりで強いわけだ。森を表すフォレストと、その番人であるオウル――つまりフクロウのコンビですね」
「あ、そういう意味だったんだ」
「いま知ったんですか!?あはは、面白いですねぇ!ちなみにフクロウは”森の賢者”って呼ばれることもありますよ」
「勉強になります……」
一通り挨拶が終わったので、状況を整理したい。
いま私たちがいるこのワールドは例の幽霊が出た「タイニー・クワイエット・ルーム」で、上限の四人で入室している。ちなみにちゃんと本物の方のワールドだ。
私はキャラメイク機能で作った女の子のアバターを着ているのだけれど、啓ちゃんはどこで手に入れたのか、フクロウの姿になっている。リコピンさんは心霊動画の時と同じくピンク色のショートヘアにうさぎ耳の美少女で、銀情めたんくんはいつも通りの銀髪に黒縁眼鏡の姿だ。
「それで、『ブライル』の話なんですけど――」
私がそう切り出すと、リコピンさんがすぐに応えてくれた。
「はい、彼にはNVR内のイベントで何度か会ったことがあるんですよ。フレンドにはなっていないんですけど」
「どんな人でした?」と啓ちゃんが訪ねる。
「とにかくよく喋る人でした。テック系に興味があるらしくて、NVR以外にも色んなメタバースに入り浸ってるみたいです。でも、どうやら頻繁に名前を変えているようで、そういうプロフィール変更のログを見られるサイトがあるんですけど、いまは『スマイル』って名前に変わっていました」
スマイル、か。
あの炎上の原因になった業者の名前と考えると、ちょっと不気味だ。
そうだ、とリコピンさんが付け足す。
「これ、スマイルのものと思われるXitterアカウントです。テック系の話題ばっかり投稿してます」
リコピンさんは目の前に仮想ブラウザを広げて、ポチポチと操作し、ひとつのアカウントを表示した。それを四人で覗き込む。
こいつがスマイル――ヒバチちゃんに依頼されてミカンちゃんを炎上させた張本人。
「どうやったら会えますかね?」と啓ちゃん。
それに対してリコピンさんが答える。
「会うっていうのはかなり難しいと思いますよ。NVRのワールドって大抵がパラレルサーバーっていう自分だけの空間をコピーできるんですけど、そういうワールドは『プライベート』っていう設定にできるんです。そうなっていると第三者は同じサーバーに入室することができません。そうじゃない、『パブリック』っていう設定のワールドにいるタイミングがあればいいんですけど、ちょっと調べてみたところ、最近の彼はずっとプライベートに引きこもっているみたいです」
なるほど、そういう機能があるのか。
そういえば、銀情めたんくんのようにメタバースで配信しているVtuberたちがそんなようなことを言っているのを聞いたことがある気がする。これでひとつ、彼らを視聴する際の解像度が上がった。
とりあえず啓ちゃんに話を振る。
「オウルくん、スマイルに会ってどうするの?」
「炎上の工作について証言を取りたいんだよ。ただ、いまの状況だと警戒されてるだろうから、赤の他人を装って近づいて、ある程度仲良くなってから聞き出すつもり」
そんな探偵みたいなこと……まあ、啓ちゃんならできるか。うん。
ただ問題は、この広いメタバース空間で、どうやってスマイルと会うのか。
啓ちゃんは、うーんと何か考えてから、銀情めたんくんに振った。
「銀情さん、どう思いますか?」
「そうですねぇ……」
銀情めたんくんは腕を組んだ状態でぐるぐると歩き回っていたが、唐突に「はっ」と立ち止まって、意気揚々と話し始めた。
「スマイルをおびき出すってのはどうですかね!」
おびき出す……どういうことだろう。
銀情めたんくんはベラベラと続ける。
「スマイルって奴は、イベントによく参加するようなタイプなんですよね? ということは、きっと『NVRエキスポ』にも来るはずです! なんせ、年に二回しかないNVR最大のお祭りですからね! そこで待ち伏せして、捕まえましょう!」
私を含め、みんな沈黙した。
そんなことって、可能なの?
「えっと、つまり……」と啓ちゃんが切り出す。
「スマイルが見に来るようなモノを用意して、それをずっと見張って、奴が来たら声を掛けてフレンドになる……という流れですか?」
「そうですそうです! 実はですねぇ、ワタシのチームで丁度いい展示物を用意してるんですよ!」
そう言って、彼はリコピンさんと同じように仮想ブラウザを広げ、ひとつのウェブサイトを開いた。青髪の女の子の3Dモデルが表示されている。
「これこれ! NVRに設置するための”会話ができるNPC”です。名前は『アオミちゃん』って呼んでます。中身は『
大規模言語モデル……それってつまり、
「AIってことですか?」
「ええ、その通り。しかもマルチモーダルなので、視覚情報も取得できるんですよ! 自動運転の車が標識を読み取るような感じで! このアオミちゃんをパブリック限定のワールドに設置して、『スマイル』というユーザーと接触したら通知するように改造します。NVRエキスポの期間中は毎日二十一時から一時間ずつ展示する予定なので、スマイルが来たら捕まえるってことも可能かと!」
なんだか急にSFのような話になってしまったが、どうやらこれがリアルに最先端の技術ということらしい。啓ちゃんも「なるほど」とか相槌打ってるし。
「啓ちゃん、どう思う?」
「うーん、ちょっと質問があります」
「はいはいなんでしょう?」と銀情めたんくんが応える。
「いくらマルチモーダルで視覚情報を取得できると言っても、毎日1時間も稼働させていたらBLUEのAPIのリミットに引っ掛かるのでは?」
「おお、いい着眼点ですね。実はアオミちゃんの視覚情報というのは映像のストリーミングではなく、何秒かに一回スクリーンショットを撮影してBLUEに送信する仕組みになっています。そうすることによって、映像と比較すると百分の一以下のコストに抑えられるんですよ!」
「なるほど、それならいけそうですね」
どうやら啓ちゃんは納得したようだ。
「私よくわからないんだけど、啓ちゃんはいけそうだと思うの?」
「可能性があるか無いかで言ったら、あるな」
「あるんだ……」
まあ啓ちゃんがそう言うなら、そうなのだろう。
「ただ、」と啓ちゃんが続ける。
「俺はNVRに全く詳しくないので、色々と教えてもらえると助かります。おすすめのボイスチェンジャーとか、アバターとか、”変装”するためのアイテムを」
その発言に対して、リコピンさんと銀情めたんくんが勢いよく反応した。
「僕でよければ教えますよ。スマイルの嗜好も結構把握できてます」
「ワタシも協力します! アオミちゃんの細かい仕様とか、スマイルが興味持ちそうな話題も用意しておきましょう!」
なんと心強い。
めたんくんに関してはこれまでライバルだったというのに、ここまで協力してくれるのか。器の大きい人だ。
これは、今回は私の出る幕というのは無いかもしれないなと思って、ほんの少しだけ寂しくなった。
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