第18話 ♠ 情報と期待

 翌日。思っていたよりも大変なことになった。

 昨夜のレードマンの配信はちょっとしたネットニュースになり、いくつもの切り抜け動画が投稿され、結構な再生回数になっていた。

 自分という存在がインターネット上でこれだけ注目されるのは初めての体験で、少しばかりテンションが上がる。

 ……しかし、その上がったテンションはXitterの画面を見る度に急降下した。


 未読のDMの数があまりにも多すぎる。


 〈オウル〉のXitterアカウントには、まさにいま現在進行形でおびただしい数のDMが届いていて、これを全部読んで対応するのか? と考えるとちょっとした目眩を起こしそうになる。一体どれほどの時間と労力が掛かるのか、見当も付かない。

 とりあえず、仕事で使っているメインのアカウントにしないでよかった……。


 仕方ないので一つひとつ読んで確認していくが、大量の文章を精査するための作業用BGMとして人の声が欲しくなり、ひかりと通話を繋ぐことにした。


『いや〜 啓ちゃんから私に「雑談してくれ」だなんて、珍しいね』

「それくらい追い込まれてるんだよ」

『まあ、私はいつでも付き合ってあげるから、どんどん頼ってよ。それに、これって私の推しのためでもあるわけだし』

「ああ、そうだな。頼んだ」


 ひかりと言葉を交わしながらの作業は、だいぶ精神的に楽になった。

 プログラミングをしている時には黙って集中していたいが、こういう単純作業において、作業通話はもってこいだと感じる。

 世の中のクリエイターたちがこぞってしたがるわけだ。


『ねぇ、面白い文章届いてたら読み上げてね』

「いや、さっきからつまんないのばっかだ」

『じゃあつまんないのでもいいからいくつか読んでみてよ。どんなの届いてるのか気になるから』

「わかった。じゃあ一番上にあるやつ読み上げるぞ」


〈ブライルについて知ってるよ。5000兆円くれれば全部教えてあげる〉


「これはただの冷やかしだな」

『うわ、本当にしょうもないね。スルー安定じゃん』

「このレベルのがうじゃうじゃ来てるんだよな」

『啓ちゃん……お疲れ様』

「じゃあ次」


〈声めっちゃイケボですね!もしよかったら都内で会えませんか?こちら18歳のJKです。連絡待ってます♡〉


「ネカマからのお誘い……だと思う」

『もしかしたら本当に女の子かもよ? 自覚無いかもだけど、啓ちゃん結構なイケボだから』

「いやいや、てか仮に女だとしても会わねぇよ」

『私がいるもんね』

「いや、単純に怖いからな」

『私は関係ないってこと?』

「じゃあ次」


〈これみて〉


「かなり強烈なグロ画像が添付されてる」

『うわーブラクラってやつだね』

「そっちに転送しようか?」

『いや、いいから』

「じゃあ言葉で詳細を伝えるとだな――」

『本当にいいから!』

「じゃあ次」


〈ほむるちゃんのファンです。あの子が冤罪だってことをずっと信じてきました。あなたがどうやって情報を手に入れたのかはわかりませんが、自分にはできないことなので、応援しています。あの子を助けてあげてください。よろしくお願いします。何も力になれなくて申し訳ないです……〉


「シンプルに応援メッセージだな」

『おお、マトモな人もいるんだね』

「しかし、こういうのが増えると俺の作業も増えるという」

『啓ちゃん、もうちょっとポジティブに考えようよ。ほら、そういうのが混ざってた方が精神的にいいじゃん。メンタルが回復するというか』

「なるほど、一理あるな。じゃあ次」


〈お前、よくもレードマンに喧嘩売ってくれたな。代わりに俺がぶっ殺してやるよ。お前みたいなキモいオタクは生きてるだけで罪なんだよ。夜道には気を付けろクソ野郎〉


「こりゃ酷い」

『脅迫&誹謗中傷だね』

「いつか訴えてやろうかな」

『もしかして慰謝料とか貰えるのかな?』

「精神的に苦痛を感じたって言えば貰えるんじゃね?」

『でもすごい手間掛かりそう』

「そうだな。そんな手続きしてる暇があったら他のことやって忘れた方がいい」

『みんなそうやって泣き寝入りするんだね……』


 そんなやり取りを続けていると、夜も更けてきた。

 そろそろひかりを寝かさなくては。


「ひかり、今日はここまでにしよう」

『え、このくらいの時間なら私は全然大丈夫だよ?』

「いや、俺がもう寝るから、また今度な」

『えーわかった。じゃあ、おやすみなさい』

「おやすみ」


 通話を切った。

 さて、ここからはひとりでメッセージの精査を続けることにする。


 本当にくたびれる作業だが、全く収穫が無いというわけでもなかった。

 何人かから「ブライルという男をNagisaVRなぎさぶいあーるで見たことがある」という情報が入ったのだ。

 どこまで信憑性があるかわからないが、本当にそうなのだとしたら、ブライルは個人名で、NVRユーザーだということになる。


 スプレッドシートに情報をまとめていると、また一件、新しいDMの通知が来た。

 差出人は、見覚えのある名前だった――「リコピン」からだ。

 彼(暫定)は、ほむるの最初の依頼人だったNVRユーザーで、正真正銘、彼女のファンだ。

 メッセージの内容を読むと、やはりこれについては真剣に対応した方がいいかもしれない。


〈オウルさん、はじめまして。レードマンに喧嘩凸している切り抜き動画を拝見し、メッセージを送ることにしました。私は、「ブライル」というNVRユーザーに心当たりがあります。是非、一度詳しくお話ししたいです〉

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