第17話 ♥ 場所と犯人

 啓ちゃんは面倒くさそうにしながらも説明を始める。


「まず、あの古谷フリルのライブMCにはメッセージが隠されていた」

「それがダイイング・メッセージってこと?」

「まあそうなるな」

「それで、ブライルを探せって?」

「いや、そこまで直接的じゃない」

「じゃあ何て?」

「住所だ」


 啓ちゃんの言っていることがよくわからない。

 フリルちゃんはMC中に住所なんて言っていなかったし、ずっと自然に言葉を紡いでいた。何か暗号を忍ばせていたとも思えない。


「どういうこと? 私、現地で観てたけど何もわからなかったよ」

「ああ、大抵は読み取れないだろうな。手話なんて」

「手話?」

「そう。あのMC中、フリルは手話を使って三つの単語を表現していた」

「三つ、だけ?」


 それなら確かに可能だったかもしれないけれど、住所を伝えるにしては短すぎるような。


「それで、なんて言ってたの?」

「こう言ってた」


 啓ちゃんは両手をぱっぱと動かした。

 いまので住所を伝えた? 流石に無理がある。


「どういう意味なの?」

「はさみ・経験・中古」

「どういうこと? 意味わかんないよ」


 あーもう、ちょっと泣きそうだ。

 意味不明な連想ゲームにしか思えないよ。


「この単語の配列に意味は無い。ただし、住所に変換できる。『3ワードアドレス』って言って、地球上の全ての場所は三つの単語で表すことができるんだ。そして、その場所っていうのがここ」


 啓ちゃんはスマホに何か打ち込んで、そのディスプレイを私に見せてくれた。

 地図アプリのようなものが映っている。


「ここって……新宿?」

「そう。はさみ・経験・中古を3ワードアドレスの住所に変換したらこの場所になった」


 この場所って、確か……。


「もしかしてここって、ユメパッケージの事務所の近く?」

「偶然にしては出来すぎてるだろ? だから映像見たその日の内に行ってみたんだ」

「この場所に? 何があったの?」

「ただの路地裏だったんだが、壁にステッカーが貼ってあった。これな」


 啓ちゃんはデスクの引き出しから一枚のステッカーを取り出して見せてくれた。

 サイズは手のひらくらい。ユメパッケージのロゴがプリントされていて、何か文字が書き込んである。


「これが……この文字列は?」

「XitterのID。検索してみたら古谷フリルの裏アカウントが出てきた。そんでDMで話して、あの宮本ミカンの炎上は冤罪だったって。犯人も教えてもらった」

「んん!? ちょっと待って。フリルちゃんとDMしたの? 本人と!?」

「そう。それで俺が何とかするって言って、ステッカーは剥がしてきた」

「いやいやいや、理解が追いつかないよ。なんでそんなこと啓ちゃんに教えてくれるの?」

「実際にやり取り見てみるか?」


 そう言って啓ちゃんはXitterのDMタブを開いて、会話のログを私に見せてくれた。


〈ライブMCの手話を見てステッカーまでたどり着いた。あんたは?〉


 これは啓ちゃんからのメッセージ。


〈おお、早いですね。もしかしてワトソンさんですか?〉


 こっちがフリルちゃんからのメッセージ。


〈まあそんなところだ〉

〈それを証明することはできますか?〉

〈これまでに2回正解を出した「フォレスト」と相互フォローだ。フォレストはかなりフォローを厳選するタイプ。それで察してくれ〉

〈ああ、なるほど。さっきの質問ですが、私は古谷フリルです〉

〈本人だって証明できるか?〉

〈いまから本アカウントで、あなたの投稿をいいねします〉

〈確認できた。で、殺人犯が誰なのか教えてくれるのか?〉

〈はい、そのつもりです。宮本ミカンちゃんと、そして私を殺した犯人のことをあなたに教えます〉

〈なんでこんな事するんだ? 警察に駆け込むとか、色々あるだろ〉

〈職業柄、裁判沙汰は避けたいんですよね。だから表立っての告発はしたくないし、身内にもさせたくないんです。でも、全く関係ないあなたのような一ファンが暴露してくれるなら、いいんじゃないかなと思いまして〉

〈つまり俺は犯人を公言していいと〉

〈はい、そうです。でも、私の名前は出さないでくださいね。私はライブのMC中に偶然手の動きが手話になっていて、それが偶然新宿の路地裏を示していただけ、というテイでお願いします〉

〈なんかややこしいな。でもわかった。このステッカーはどうしたらいい?〉

〈あなたが暴露してくれるなら、剥がしちゃってください〉

〈剥がした。場所も移動する〉

〈わかりました。では、犯人についてですが、同期の平岡ヒバチです〉


 私は思わず声が漏れる。


「ああ、そっか。やっぱりヒバチちゃんがやったんだ」


 続き。啓ちゃんのメッセージ。


〈どうしてわかった?〉

〈彼女の自宅でオフコラボした時に、外出中を見計らってPCを漁りました。ブラウザのXitterにメッセージが残っていたので、それで確信したんです〉

〈いわゆるソーシャル・エンジニアリングってやつだな。アナログなハッキング手法だ〉

〈それはちょっとわかりませんが、ヒバチは「ブライル」という人物?に宮本ミカンちゃんを炎上させるように依頼していました。つまりあれは完全に冤罪なんです〉

〈ブライルについて、他にわかることは?〉

〈何もありません〉

〈OK……で、もし俺がしくじったり裏切ったらどうする?〉

〈その時は何もかも諦めて全部自分から暴露するつもりです。みんな揃って心中ですね。転生も絶望的かもしれません。でも、あなたは一番最初にあのダイイング・メッセージを解き明かして、実際にあの場所まで来てくれたワトソンさんです。その知恵と行動力は、信頼に値すると思っています〉

〈わかった。とりあえず任せてくれ〉

〈どうかよろしくお願いします〉


 かなり難解な状況だけれど、どうにか話の全容は掴めた。

 ただ、問題はまだ残っている。


「啓ちゃん、本当にミカンちゃんの無実を証明できるの?」

「それはやってみないとわからない。だからいま――」

「――やってみてるのね」

「そういうこと」


 本当に凄い行動力だ。

 きっと啓ちゃんは、私が暴走しないように、先回りして動いて道を示してくれているのだろう。

 それなら、私はただ彼を信じて付いていくしかない。

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