第3章 パブリック・ダイイングメッセージ
第15話 ♥ 歓声と静寂
目の前の巨大なスクリーンに映し出される見知った顔たちに向かって、私は泣きながらペンライトを振り回している。
ライブエンタテインメント専用シアター「豊洲
ここは、Vtuber御用達のライブ会場だ。これまでにいくつものグループがここでイベントを行ってきた。
そして、今日ここで「ユメパッケージ」の音楽ライブが行われている。
このイベントはネットでの配信もあるし、わざわざ現地に赴いて参加するかどうかもの凄く迷ったのだけれど、自分の気持ちを精算して過去と決別するために、あえて現地での鑑賞を選んだ。
ユメパッケージという箱に対する私の想いというのは、一言では言い表せないほど複雑にこんがらがっている。
宮本ミカンちゃんという才能を見出して、このインターネットに広めてくれたこと――それについては感謝してもしきれない。もしもミカンちゃんが個人勢Vtuberとして活動していたら、私には見つけられなかったかもしれない。
でも、彼女が炎上してから卒業するまでの一連の流れについては、もう少しどうにかできたんじゃないかと思い続けているし、ほとんど恨んでもいる。
ミカンちゃん以外のメンバーの配信は、いまでも時々観ることがある。
ミカンちゃんを通して色んなメンバーの配信を観てきて、最終的にはほとんど”箱推し”に近かったから、どうやって過ごしているか気になってしまうのだ。
けれど、彼女たちの配信を観ていると、どうしてもそこにいるはずだったミカンちゃんの幻影を感じ取ってしまう瞬間が時折あって、その度にいたたまれない気持ちになる。
ミカンちゃんはもう既に新しい自分を作り始めていて、「ほむるちゃん」は――あえてこの言葉を使うけれど――凄く良いキャラクターだ。私はそれを全力で応援したいし、ずっと過去の彼女を追っているのも良くないから、気持ちを切り替えようと思う。
今日はそのためにこの場所に来た。
このライブをもって、ユメパッケージに関わるのは最後にするのだ。
「ユメの架け橋」と銘打たれた音楽ライブは、圧倒的な盛り上がりを見せていた。
ソロあり、ユニットあり、オリソンあり、カバーありで、合間のMCも含めて百点満点なセットリスト。これで満足しないオタクはいないと言えるほどの完成度だ。
そして、みんな歌が上手い。企業所属のVtuberというのは倍率の高いオーディションを勝ち抜いている人材なので、ある程度歌えることが多いのだけれど、ユメパッケージに関して言うと他の箱と比べても平均的な歌唱力が高いように思える。もしかしたら審査基準に歌の上手さがあるのかもしれない。それでいて、ダンスの振りまで完璧なのだから、非の打ち所が無い。
中でも一期生でミカンちゃんと同期の平岡ヒバチちゃんは別格だった。
激しいロック調のオリジナルソング。観客のオタクたちはみんな、彼女の髪色と同じ赤色のペンライトをブンブン振りながらコールを叫ぶ。ヒバチちゃんに対して複雑な感情を抱いている私ですら、そのパフォーマンスには文句の付けようがなかった。
とんでもない声量で歌い続けて、歌っていない間も観客を煽る。そんな彼女に付いていこうと、観客たちは必死で声と腕を張り上げる。まるで箱全体が鼓動しているみたいだ。
「今日はありがとう〜! 最後まで楽しんでいって!」
ライブも終盤に差し掛かった。もう開始から二時間ほど経つが、まだソロ曲を披露していないのは一人だけだ。元々三人組ユニットだったユメパッケージ一期生で、ミカンちゃんとも仲良しだった女の子――
満を持して彼女が登場した瞬間、会場の雰囲気がガラリと変わった。最小限の照明演出と、シンプルなピアノの伴奏。観客のペンライトが一斉にフリルちゃんのイメージカラーである水色へと変わる。
しっとりとしたバラードソング「夜の湖で君と」。フリルちゃんのオリジナルソングの中で一番エモいやつをここに持ってきたのか。会場のあちこちからすすり泣くような声が聞こえてくる。勿論、私もぐちゃぐちゃに泣いていた。
歌い終わったフリルちゃんは、水色のウェーブヘアを揺らしながらお辞儀をして、そのままMCに入った。
「みんな、今日は来てくれてありがとう! もちろん、配信で観てくれてるみんなもね。私の歌、どうだったかな? この『夜の湖で君と』は、自分で作詞・作曲した曲なんだけど、これを作ってた頃からずっと考えてたことがあってね、今日はそれをみんなに伝えようと思います」
それから一呼吸置いて、フリルちゃんは静かに口を開いた。
「私、古谷フリルは、本日をもってユメパッケージを卒業し、Vtuber活動を引退します」
え、
うそ。
思考が追いつかない。隣の男性が「は?」と呟いた。
会場がワンテンポ遅れてざわつき始める。
「なんか突然でごめんね。でも、もう決めたことだから」
後ろの方で誰かが「やめないで!」と叫んだ。
それに釣られるようにして、客席の色んなところから口々に叫ぶオタクたち。
でも、フリルちゃんは冷静に応える。
「ううん、私は辞めるよ。こんな晴れ舞台を台無しにするようなことを言ってるってことは自覚してる。でも、辞めるんだ。これはもう、決めたことなの」
会場が静まり返る。
誰しもが呼吸を忘れてしまったかのように、ただただ次の言葉を待っていた。
「……ねえ、Vtuberって、引退したらどうなると思う? 私はね、それはVtuberにとっての”死”だと思ってるよ。みんなの心の中にいるよとか、そういうのは全部綺麗事で、私がここで死ぬってことから、目を逸らさないでほしい。そして、これから伝えることは私のダイイングメッセージだから、よく見ててね」
フリルちゃんは舞台をゆっくりと歩き回りながら、信じられない名前を口にした。
「個人勢Vtuberのほむるちゃん。見てるかな?」
いま、「ほむるちゃん」って言った? そんな、ユメパッケージにとって完全にタブーなはずの存在に、声を掛けたの?
観客たちはみんな、固唾を呑んでスクリーンを凝視している。
「面識無いのに突然話しかけてごめんなんだけど、どうしても聞いてほしくって。私ね、あなたのことが大好きだよ。ずっとずっと、応援してる。これまでもそうだし、これからもそう。あなたが自分の夢を叶えて、この世界に満足するまで、ずっと!」
フリルちゃんの声量と身振り手振りが徐々に大きくなる。
「あなたに似ている人を知ってるの。その子はね、誰よりも優しくて、声が綺麗で、ゲームはちょっぴり下手で、誰よりもこの世界を、そしてユメパッケージのことを大切に思っていたんだ。でもある日、誰も信じられなくなってしまうような出来事があって、この世界から消えてしまったの。私はね、何もしてあげられなかった。そのことを今でも悔やんでるし、私が辞める根本的な原因はそこにあるの。だから、もう遅いかもしれないけれど、このダイイングメッセージを受け取ってください」
フリルちゃんは舞台の中央で静止して、頭を下げた。
それから、何事もなかったかのように声色を戻して、MCを締めた。
「それでは、次で最後の曲です。ユメパッケージ全員で歌う新しいオリジナルソング、聴いてください。『ウィークデイドリーム』――」
そのとんでもないライブMCは、Vtuber界隈内で大きなニュースになった。
本来は作成を禁止されているはずの切り抜き動画が海外の動画サイトを中心に出回って、誰しもが見られる状態になってしまっている。
それに対して、ユメパッケージの公式アカウントは何事もなかったかのように振る舞っていて、少し不気味にも感じるほどだ。
そして当然、ほむるちゃんに注目が集まった。
彼女はユメパッケージのライブ終了直後に短い動画を一本投稿して、あとは何も発言していない。
『やあやあワトソンの諸君。お騒がせして申し訳ないね』
普段どおりの動画構成で、普段どおりの語り口調。
『いやぁ、面識のない相手から、ああいった形でメッセージを貰うとは。人生何があるかわからないね。実はリアルタイムで配信を観ていたものだから、驚いてしまったよ。古谷フリル君、Vtuberを引退するとのことで、お疲れ様。それと、応援の言葉をありがとう』
あ、そういえば。と付け足す。
『フリル君は、「ダイイングメッセージ」と言っていたね。あれは、一体どういう言葉選びなんだろう。何か意図があったんだろうか。ワトソンの諸君、どう思う?』
確かに、奇妙なワードチョイスだ。
通常ダイイングメッセージというのは、死にそうな人間が殺人犯を示すためのものじゃないのだろうか。
ただ、あの言葉の中におかしな部分はひとつもなかった。
うーん……やっぱりここは、啓ちゃんに訊いてみよう。
明日は”あの男”にも動きがあるみたいだし、そのタイミングで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます