第14話 ♥ 歓喜と不満

 MiSAKiちゃんが勝った。

 私は家の人に叱られないギリギリの声量で歓声を上げて、ディスプレイに向かって拍手を送る。すごい! 天才! 最強!


『いやー、素晴らしい試合でした。まさか自分が作ったゲームで、これほどまでに高度な駆け引きを見られるとは……感無量です』


 開発者のしのだあきらさんはぽつりぽつりと言葉を零して、その感激が画面のこちら側まで伝わってくる。


『MiSAKiさん、あの最後の大技「ジャーマン・スープレックス」は本当に凄かったですね。ずっと練習していたんですか?』

『まあ、ちょっと触れば、あれくらいはできますよ。一応プロゲーマーなので』


 MiSAKiちゃんはぶっきらぼうに返答しているが、きっと照れ隠しだろう。

 あのゲームを触ったことがある人ならわかることだけれど、あんなに複雑な操作を可能にするためには、かなりの時間の鍛錬が必要なはずで、MiSAKiちゃんは人知れぬところで淡々と努力を積み重ねてきたのだ。


『流石としか言いようがありませんね。ガイアサトシさん、残念ながら負けてしまいましたが、いかがでしたか?』


 ガイアサトシさんはトラッキングの機器を外しながら返答する。


『いや悔しいっす。いつかリベンジしたいので、早く正式版リリースしてください。あ、でも、このモーショントラッキングのシステムって使えなくなりますかね?』

『うーん、どんな操作システムを採用するかは、まだ決まっていません。特にモーショントラッキングの場合は、完全に別のゲームになっちゃいますからね』

『ですよね。まあ、これはこれで面白いと思いますけど』

『そうですね……ただ、ひとつだけ確定している仕様があって、それはVRMモデルの対応です。つまり、今回のほむるさんのモデルのように、自分の好きな姿で戦えるようにするということです。勿論、身体のサイズだとか、色々と制限を掛ける必要はありますが』


 つまり、啓ちゃんが作ったModが正式に採用されるということか。凄いことだけれど、彼はずっと”依頼人が何を欲しがるか”をよく考えて動いていたから、当然の結果と言えるのかもしれない。

 自分の好きな姿で戦うことのできる格闘ゲーム……うん、Vtuberが実況プレイするのに丁度いいな。3Dモデルを持っているVtuberなら、VRM形式のファイルを用意するだけで画面の中へと”参戦”できるのだ。もしかしたら界隈内で流行するかもしれない。


『それでは今回の依頼の結果ですが、勝利したMiSAKiさん……に代行プレイを頼んでいたフォレストさんが”正解”となります。おめでとうございます!』


 急に自分の名前が出てきて驚いてしまった。

 そうか、私たちが”正解”したんだ。じわじわと嬉しさがこみ上げてくる。

 これで二回”正解”した。あと一回で、ご褒美としてYouTubeチャンネルのモデレーター権限――「スパナ」を獲得できる。

 どうやらいま丁度啓ちゃんとMiSAKiちゃんが一緒にいるみたいだから、この配信が終わったらすぐに連絡して感謝を伝えよう。――ということを考えていたら、啓ちゃんからメッセージが届いた。


〈うっかり二人きりになっちゃったから、サキの家まで来てくれ。あいついま滅茶苦茶興奮してて、トイレから出られない〉


 いや、どういう状況?



 翌日の深夜、QWERTYファイターズのベータ版がアップデートされた。

 公式Xitterアカウントからアナウンスが出ている。


◆QWERTYファイターズ Ver.0.2.0 リリースノート

・VRMモデルのインポート機能を追加しました。

※これは実験的な機能です。まだ正常に動作しない可能性があります。もし不具合を発見した場合はXitterのDM、もしくは公式サイトのお問い合わせフォームまでご連絡ください。

※VRMモデルの制限については添付の画像を確認してください。


 もの凄くスピード感のある実装だけれど、これは啓ちゃんが裏で何か手伝ったんだろうか? 気になってメッセージを送ってみた。


〈QWERTYファイターズのアップデートでVRMモデルに対応したのって啓ちゃんが関わってるの?〉


 すぐに既読が付いて返信が来た。

 啓ちゃんが常に何かしらのディスプレイを見ているんじゃないかという疑惑はますます現実味を帯びる。


〈ああ、ソースコードをそのまま丸っと提供した。クレジットに名前載ってるよ〉


 やっぱりそうだったんだ。

 でもひとつ気になることがある。


〈それって買い取ってもらったってこと?お金は?〉

〈いや、タダであげたよ。何か不具合が起きても責任を取らない代わりにお金も取らないってことにした〉

〈なるほど〉


 ちょっと優しすぎるんじゃないかと一瞬考えて、自分のことを棚に上げすぎかなと思い直した。これだけ色々してもらっている私がとやかく言えたことじゃない。


〈……というのが実際にあったやり取りだが、その裏側のことを考えると、全部最初から仕組まれていたような気もするんだよな〉

〈というと?〉

〈あのゲームはおそらくModによる改造がしやすいようにあえて隙だらけの設計になってたんだよ。それで、俺や銀情めたんはまんまとってわけだ。言い方は悪いが、全部しのだあきらの手のひらの上だったってこと〉

〈えー!?啓ちゃん、利用されちゃったの!?〉

〈いや、それでこっちも”正解”が獲れたわけだから、Win-Winだけどな〉

〈うーん、ちょっと納得いかないけど……まあ誰も損してないならいいか〉

〈しいて言えば銀情めたんは残念だったな〉

〈それなんか定番の流れになりつつあるね……〉


 啓ちゃんとのメッセージが途切れて、私はスマホをベッドに放り投げた。

 そういえば、ひとつ確認しておきたいことがある。私はパソコンのスリープを解除して、QWERTYファイターズを起動した。

 メニューの上から5番目にある〈クレジット〉をクリックする。


☆スペシャルサンクス:フォレスト様


 うわ、やっぱりそう来たか。

 啓ちゃんは自分の名前ではなく、〈フォレスト〉を載せるように伝えたのだ。

 これはどうにかして止めさせたいから、後でしのだあきらのさんに連絡しようかな……。


 私は別に、目立ちたいからスパナが欲しいってわけじゃないし。

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