第12話 ♥ 指名と開戦
MiSAKiちゃんは毎日QWERTYファイターズの配信をしていて、私が作ったほむるちゃんの3Dモデルを使って撮れ高を量産している。
その一方で、啓ちゃんはまた何か別のプログラムを作っているらしく、仕事の合間を縫って開発を続けているみたい。
どちらもすごく忙しそうなので、私から声を掛けることは無い。
そのまま日々が過ぎて、しのだあきらさんの依頼から六日が経った夜、ほむるちゃんのチャンネルに新しい動画が投稿された。早速視聴する。
『やあやあワトソンの諸君。ちゃんと生きているかな』
いつもと変わらないほむるちゃんの姿。だけれど、ここ最近ずっと彼女の画像を資料として見ていたので、なんだか普段よりも高い解像度で目に映る。
『QWERTYファイターズの件だけれど、本当に色々なプレイをするワトソンたちがいてね、見ていて楽しい限りだよ。正攻法でゲームを極めようと努力する者、二つのキーボードを並べて操る者、専用のキーボードを自作した者、AIに操作を学習させようと試行錯誤した者、他にも色々だ』
どうやら私たちや銀情めたんくんの他にも変なことを考えて実行しているワトソンたちがいるらしい。まあ、どれも上手くいってはいないようだけれど。
『まだ期日にはなっていないけれど、中間発表というのかな、依頼人のしのだあきら君からメッセージ動画を預かっているよ。それじゃあ、早速再生してみよう』
画面が切り替わって、しのだあきらさんの白猫の立ち絵が現れた。
『ワトソンの皆様、お疲れ様です。しのだあきらです。今回の依頼では、私が思っていた以上に多くの収穫がありました。本当に感謝してもし尽くせません。本来なら、皆様全員に”正解”を差し上げたいところなのですが、どうしても一人を選ばないといけないということでして、困り果てております。そして、どうにか候補者を二人まで絞り込みました』
画面上に私のアイコンが出てきて驚いた。
そして隣には、銀情めたんくんのアイコン。
『ひとりは、プロゲーマーのMiSAKi氏に代行を頼んでいるフォレストさん。操作方法を一新するようなModを開発・導入して、更には操作キャラクターの外見までほむるさんのファンメイドモデルに差し替えております。そのモデルのクオリティが本当に高くて、まるでほむるさん本人が戦っているように見えるんですよね……素晴らしいです』
あ、褒められた。にやける。
Modの開発は私じゃなくて啓ちゃんだけどね。
『そしてもうひとりは、格闘家YouTuberのガイアサトシさんに代行を頼んでいるVtuberの銀情めたんさん。なんとモーショントラッカーを使って操作することができるシステムを構築して、ガイアサトシさんの動作をそのままキャラクターに反映しております。こちらも本当に素晴らしいですね。格闘技へのリスペクトを感じます』
格闘技へのリスペクト、か。私たちは格闘ゲームや格闘ゲーマーへのリスペクトがあるけれど、きっとどちらもほむるちゃんは”愛”と呼ぶだろう。
『この両者、ランダムマッチの戦績を見てみましたところ、どちらも未だに無敗なんですよ。そこで、ここはもう拳で決めてもらおうかと思いまして。要するに、「そこ試合しちゃいな」ということです』
ああ、なるほど。「そこ試合しちゃいな」というのは、ガイアサトシさんが出演している格闘技企画「ブットバ!」で使われている用語だ。オーディションで噛み合った二名がリングの上で戦うことになるお決まりのシーン。何度かショート動画が流れてきて見たことがある。
『対戦の日時はMiSAKiさんとガイアサトシさん両者と話し合って既に決まっています。この動画がアップされた翌日の夜八時です。私、しのだあきらのYouTubeチャンネルでライブ配信を行いますので、是非観戦しに来てください』
そうか、ほむるちゃんのチャンネルではないんだ。
まあ、しのだあきらさんも自分のチャンネルへの集客になるだろうし、仕方ない。
それにほむるちゃんも、またああいうことになっても嫌だろうから。
画面が切り替わって、ほむるちゃんの映像に戻ってきた。
『ふむふむ、拳で決着を、か。あまり探偵の仕事という感じではないけれど、時にはそういう解決方法もあるだろうね。ピストルだったり、バリツだったり、あるいはサッカーボールで事件を解決する探偵もいるらしいから。それじゃあ、代行のふたり、健闘を祈っているよ』
すぐに啓ちゃんにLINEを送る。
〈ほむるちゃんの動画見た?〉
〈ああ、たったいま見たところ〉
啓ちゃん、ほむるちゃんの動画が投稿されると即座に見てくれる。
いつもデスクに
〈サキちゃん、勝てると思う?〉
〈俺は勝てると思ってる〉
〈信頼してるんだね〉
思わず嫉妬の感情が溢れそうになるけれど、ぐっと堪える。
啓ちゃんは私のことを信じて3Dモデル制作の仕事を任せてくれた。
ゲームの担当はあの子で、私もあの子のことを信頼しないといけない。
〈ただ、100%勝てるかといわれたら、そうとは言えない〉
〈そうなの?〉
〈だからいま、それを100%にするために作業してるところ。かなりギリギリになりそうだから、一緒にライブ配信見るのは無理〉
〈そうなんだ……わかった、頑張って!〉
そして翌日の夜、ひとりでライブ配信を観ることになった。
本当は啓ちゃんと一緒に観たかったんだけれど、やっぱりまだ作業が終わっていないとのこと。本当に間に合うんだろうか?
しのだあきらさんのチャンネルにライブ配信の枠が作られていて、そこで待機しているのだけれど、あまり人が集まっていなくてチャット欄が静かだ。ごく稀に荒らしのような人が書き込みをしては、モデレーターによってすぐに削除される。というのを繰り返している。まあ、想定通りかな。
予定時刻の八時になって、配信が始まった。
『皆様こんばんは。ゲーム開発者のしのだあきらです。本日はお集まりいただきありがとうございます。さて、私が出しゃばっていてもアレなので、早速本日の主役を二名、ご紹介いたします』
画面が三つに分割されて、上半分はゲームのタイトル画面、下半分はMiSAKiちゃんのウェブカメラの映像とガイアサトシさんの全身の映像とが映し出された。
『画面右下で全身にモーショントラッカーを付けているのが格闘家YouTuberのガイアサトシさん。画面左下でりんごジュースを飲んでいるのがプロゲーマー・ゲーム配信者のMiSAKiさんとなっております。皆様、盛大な拍手をお願いします』
●👏👏👏👏👏👏👏
●ぱちぱちぱち
●88888888
チャット欄に各々が思う「拍手」がぱらぱらと流れる。
拍手を表現する記号は界隈によってちょっとずつ違っているらしくて、Vtuber界隈では圧倒的に〈👏〉の割合が多い。
私も、「8」キーの変換で五つの〈👏〉を打った。IMEのユーザー辞書ってこういう時に便利だ。
そういえば、やっぱりほむるちゃんは来ていないのか。残念ではあるけれど、ちょっと安心している自分もいる。
『皆様、ありがとうございます。それでは、両者に意気込みの方を聞いてみましょうか。では、まずガイアサトシさん、お願いします』
『どうも、元プロキックボクサーのガイアサトシです。女の子と試合するのは初めてですけど、手加減はしないんでよろしく』
『とのことですが、MiSAKiさん、いかがでしょう?』
『あ、プロゲーマーのMiSAKiです。まあ、格闘ゲームで素人に負けるとか無いので、適当に盛り上げてサクッと終わらせます。よろしく』
『ありがとうございます。それではこれより試合のルールを説明いたします。今回採用するのはいわゆる
画面が「準備中」のふた絵に切り替わる。
いよいよ始まるこの勝負、MiSAKiちゃんが勝てば私が”正解”だ。
ぎゅっと両手を組んで、祈る。どうかお願いします。
●これどうなるのか全く予想できないな
●MiSAKi頑張れー!あと結婚してくれー!
●ガイアサトシに100ペソ賭ける
●そもそも対等に戦えるのか?
『お待たせいたしました。それでは、これより試合を開始いたします。ガイアサトシさん、MiSAKiさん、準備ができましたら〈準備完了〉の操作をよろしくお願いします』
画面中央に〈
右側でガイアサトシさんが操る青の道着のマッチョが、左側でMiSAKiちゃんが操るほむるちゃんが動いている。自分が作った3Dモデルがゲームの中にいるのは、何度見ても感動してしまう。しかも、そのほむるちゃんを操作しているのはあのMiSAKiちゃんだ。
先に仕掛けたのはほむるちゃん。大きくジャンプして青マッチョに飛びかかる。それに対して青マッチョは後方に跳んで冷静に躱す。
あまりゲームのシステムには詳しくないのだけれど、ほむるちゃんは身体が小さいから、大きな動作の攻撃しか相手に届かないのかもしれない。
一方の青マッチョは、ゆったりとステップを踏んで距離を詰め始める。
次の瞬間、青マッチョが最初の攻撃を繰り出した。踏み込みながらの素早い突き。ほむるちゃんの顔面に直撃して、少し仰け反る。ダメージは少ないけれど、チャット欄から歓声が上がる。
●おおお、本物の格闘技みたいだな
●ガイアサトシの動き速すぎる
●綺麗で鋭いジャブだ
●この体格差埋められるか?
そこから先は、かなり一方的な展開だった。
青マッチョがパンチとキックを織り交ぜたコンビネーションを繰り出して、ほむるちゃんはそれに全く対応できずに、ぐんぐんと体力ゲージを減らしていき、最後はシンプルな下段蹴りでノックアウト。0-1となった。
これ、どう考えても不利すぎる。
青マッチョの動きは格闘ゲーム特有の無駄なモーションが無くて、ありえないほど滑らかに動いている。それに比べるとほむるちゃんの動作はかなりぎこちなく見えてしまうほどだ。
そして、そのまま二本目、三本目と青マッチョの勝利が続いて、ほむるちゃんは一度も勝てないまま戦績は0-6まで引き離された。
●ここまでMiSAKiの勝ちなしか……
●こんな一方的になるとは思わなかった
●何かしら調整入れたほうがいいのでは?
●MiSAKiプライド高いからめっちゃ悔しいだろうな
●もう負けムードって感じ
「あー、くそ」
MiSAKiちゃんが呻く。
「なんか虐めてるみたいで嫌だなぁ」
ガイアサトシさんは余裕の表情。
このまま負けてしまうのだろうか? そんな考えがよぎったその時、ひりついた空気をぶち壊すような音が聞こえた。
ピンポーン♪
●!?
●インターホン鳴ったwww
●通販で何か買った?
●MiSAKiちゃん、お客さんよー
インターホンだ。MiSAKiちゃんが、『ちょっと待っててください』と言って離席した。
これってもしかして……。
その後聞こえてきた言葉によって、チャット欄は更に騒然となった。
「あ、先輩。やっと来ましたね」
●!!???!??!?
●先輩とは
●彼氏の隠語か?
●何で出るんだよwwww
これもう放送事故でしょ。
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