第11話 ♠ 立体と報酬
ひかりが家に押しかけてきた。
「ほむるちゃんの3Dモデルできたから、USBメモリに入れて持ってきたの」
「いや、わざわざそんなことしなくてもネットでいいだろ。クラウドストレージ経由とか」
「情報漏洩の危険性とかあるから! 手で持っていくのが最強でしょ?」
「いや、もしそれ落としたら――」
「落とさないもん!」
「そうか……」
もう持ってきてしまったものは仕方がない。
素直に受け取ることにした。
「これに入ってるから。あんまり自信ないんだけど……どうぞ!」
「わかった。じゃあ早速見せてもらうわ」
受け取ったUSBメモリをPCに差し込んで、中に入っているファイルを取り出し、専用のビューワソフトで表示する。
「どれどれ……」
「あー緊張するなぁ」
ひかりが作ったほむるの3Dモデルは、完璧と言っていい完成度だった。
俺の目から見た限り、動画に登場するほむるのモデルと全く差がない。「実は同じものだ」と言われても納得するほどだ。
「凄いじゃん。関心するわ」
「ほんと? 嬉しい」
「この帽子は結局フリー素材が見つかったのか?」
「ううん。全く同じやつはどこにも無かったから、Blenderっていうソフトで自分で作って、後から頭にくっつけちゃった。テクスチャはフリー素材をちょっと加工してそれっぽく塗ったやつ」
「なるほど、だからファイル形式がFBXになってるのか」
Blenderというのはプロの3Dモデラーも使うような本格的な3Dモデリングソフトだ。アニメの制作現場でも使われていると、どこかの記事で読んだことがある。
Vモデルメーカーとは比べ物にならないほど操作が複雑なはずだが、ひかりにそんなものが扱えたとは。
「いつの間にそんなスキル身に付けたんだ?」
「今回のために勉強したの」
「どうやって?」
「チュートリアル動画とか見て。どうにかして基本的な操作は覚えたかな。でもまだこれ以上に複雑なものは作れないと思う。本当に奥が深いんだよ3Dモデリングって。メッシュを繋げていく以外にもスカルプトとか色んなやり方があるみたいで、全体像はこれっぽっちも掴めてないの」
「でもこのほむるは作れてるじゃん」
「まあね」
ひかりはそれほど勉強が得意な方ではないはずだが、成果物を見れば、きちんと操作方法を学習して真剣に作業したことが一目瞭然だ。
「偉い。やっぱこういうのは愛だな」
「推しだからね。ファンメイドモデル、っていうのかな? そういうのもファンアートの一種だから。今後もイラストと平行して何かしら作るかも」
そうか、ファンアートと言ってもイラストだけとは限らないのか。
確かに3Dモデルで立体物やアニメーションも作ることができたら、何かと目立って面白いかもしれない。
「それ、もし極めたら仕事にできるんじゃないか? Vtuberもだけど、ゲーム業界とかメタバースとか、これからもずっと需要高そうだし。……いや、もしかしたらそういうのも将来は全部AIがやるようになるかもしれないが」
「まだそんな先のことはわからないよ。それより、ほら。このほむるちゃんをどうするの?」
「ああ、そうだな」
その3Dモデルを、Unityというゲームエンジンを使って「VRM」というファイル形式に変換し、QWERTYファイターズに読み込ませる。と言っても、そんな機能が最初からあったわけではなく、これも専用のModを作って適用することによって初めて実現する。
正規品ではない3Dモデルをゲーム内に組み込むというのは、Modとしては割りと一般的なもので、その開発はそれほど難しくなかった。
3DモデルをVRM形式に変換する過程で見た目の質感がオリジナルから変わってしまうので、その辺りをひかりに監修してもらいつつ、作業を完遂した。
「よし、これでほむるを使って戦えるぞ」
「こんなにあっさり? 流石啓ちゃん」
トレーニングモードに入ると、そこには道着姿のマッチョではなく、バーチャル美少女探偵「ほむる」が現れた。
「うわ凄い! 私のほむるちゃんがゲームの中にいる!」
「思ってたより身体小さいな。これ本人とスケール同じ?」
「いや、身長はわからなかったから、宮本ミカンちゃんと同じ158センチにしてみたの。これだと不利になっちゃう?」
「デフォルトのマッチョがぱっと見で180くらいあるから、リーチ差が結構あるな。でも、サキなら問題ないだろ。小さい女の子が大男を倒した方が撮れ高あるし」
「サキちゃんのこと信頼してるんだね……そういえば、お礼のプレゼントって何あげるの?」
そういえば言ってなかったが、それってそんなに気になるものか?
まあ、隠すほどのこともないし、別にいいか。
「……学ラン」
「えええええええええ!?」
うるさ。声でっか。
やっぱ隠しておけばよかった。
「それはダメだよ!」
「何で?」
「だって、学ランだよ!? ほら、第二ボタンってあるでしょ? あれって学校を卒業する時に大切な人に授けるものじゃん。確か、心臓に一番近い位置にあるから第二ボタンなんだよ。それなのに、学ラン丸々あげちゃうなんて、そんなの、『心も体も全部あなたにあげる』って言ってるようなものだよ! 絶対にダメ!」
「そんなことは言ってないし、別に心も体もやらねぇから」
「じゃあ私も欲しい!」
「二着はねーよ」
「そんな……」
ひかりはしばらく唸ったり考え込んだりしてから、はっと何かに気が付いたような顔をして、それから頬を少し赤らめ、ボソボソと喋り始めた。
「というか、そんなに大事なもの本当にいいの? それ……私のためにってことだよね?」
「別に、もう二度と着ないんだからいいだろ」
「ちょっと寂しいな……でも、ありがとう」
それから少しの沈黙があって、ひかりが改まった声色になった。
「ねえ啓ちゃん、どうしてそんなに頑張ってくれるの?」
「ひかりを学校行かせるためだろ」
「でも、適当に付き合うっていうやり方もあるじゃん。私、いまでもちゃんと通ってるんだから」
「こっちが適当になったら、ひかりも適当になるかもしれないだろ。相手に厳しくするには、まずは自分からだ」
「そっか……」
困るんだよ。ひかりがちゃんと卒業してくれないと、俺が。
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