第10話 ♥ 制作と連動
自室のパソコンで啓ちゃんに頼まれた作業を進めていると、サキちゃん――いや、MiSAKiちゃんの配信が始まったという通知が来た。
丁度いま見ていたVtuberが配信を終えてエンディング画面に移ったところだったので、早速通知から配信ページを開いて、MiSAKiちゃんの視聴を開始。
『おつおつ。MiSAKiでーす』
●おつおつ
●MiSAKiおつー
●今日もかわいいね、結婚しよう?
●何のゲームやんの?
『今日はね、「QWERTYファイターズ」っていう開発中の格ゲーね。そのベータ版やっていくから。そうそう昨日言ってたやつ。フレンドマッチで対戦相手募集するから、自信ある人、誰でもかかってきて。まあ、こっちはわたし専用のMod入れてるし、フェアじゃないんだけど、その代わりにプレイの方でハンデ作ってあげるから』
●おお、視聴者参加型か
●いまインストールしてる
●結構練習したから参戦するわ
●罰ゲームあり?
『ああ、罰ゲームね。そうだな……もしわたしが負けたら、なんか踊ってショート動画アップするとか? え、一枚ずつ脱いでって、それ最終的にBANされるやつじゃん……まあ、一回も負けないと思うけどね』
MiSAKiちゃんは顔出しの配信者で、ゲーム画面の端の方にウェブカメラの映像をワイプ表示している。
しばらくするとフレンドマッチの対戦相手が現れ、QWERTYファイターズの試合が始まった。
『お、対戦よろしく〜。あ、いま「メイク変えた?」ってコメントあったけど、わかる? いまね、わたしの先輩が見てるかもしれないから、いつもより気合入ってんのよ。だからこれはね、勝負用というか、いつもよりもちゃんとしたやつね』
●メイク変えたとかよくわかるな
●いえーい先輩、見てる〜?
●男か?
『男か?って、それは内緒よ内緒。乙女の心の内に土足で踏み入ったらダメだよ』
彼女は対戦をしながら視聴者のコメントを次々と読み上げて、雑談にふける。とんでもないマルチタスクだ。
彼女に挑んでくる相手は沢山いたが、一度たりとも負けることはない。素の実力に加えて、啓ちゃんが開発したModもあるのだ。当然と言える。
だからか、彼女はいかに面白く勝つか――いわゆる魅せプレイに走っているようだった。
MiSAKiちゃんの操る赤マッチョが大胆な戦法で勝利を収めるたびに、コメント欄が沸く。この配信を依頼人のしのだあきらさんが見ているかわからないけれど、これは”活躍”していると言って差し支えないだろう。
そんな配信を横目に、私は黙々と手を動かす。
私はいま、ほむるちゃんの3Dモデルを作っている。
啓ちゃんはそれをゲームの中に組み込んで、操作キャラクターとして扱いたいらしい。MiSAKiちゃんのプレイだけでも十分に撮れ高があると思うのだけれど、ダメ押しでということだ。
それと、ほむるちゃんに対する”愛”をアピールできるチャンスでもあると私は思っている。それは評価項目に入っているものだし、個人的にもこういう機会には積極的に行動していきたい。
使っているのは「Vモデルメーカー」という無料ツールで、簡単な操作で
例えば髪の毛を作ろうと思ったら、ペンタブレットを使って頭部をなぞるだけでその箇所に指定した色の髪の束が生えてくるし、体型を調整したければいくつものスライダーを動かして視覚的にわかりやすくパラメーターを弄ることができる、といった感じだ。
しかし簡単に3Dモデルが制作できる一方で、複雑な造形にはあまり向いていないので、これで作られたモデルはみんな似たような顔立ちになる。そして、それは「Vモデル顔」と呼ばれたりしている。
ほむるちゃんがVモデルメーカー製だとわかったのは、彼女の顔立ちがその典型だったからだ。
プロ級のテクニックがある人が使えばVモデルメーカーでもそれなりに上等なモデルを作ることができるらしいのだけれど、そうなってはいないということは、きっとほむるちゃんが自分で作ったのだろう。その理由は推測できるけれど、あくまで推測であって、正しいかどうかはわからない。
私は趣味でイラストを描くから、ペンタブレットを使って髪の毛を作ったり、テクスチャに自由に色を載せたりすることができる。
でも、ほむるちゃん――かつての宮本ミカンちゃんはどうだっただろう。
配信でイラストを描いているところは見たことがない。もし自分でモデルを作ったのだとしたら、マウス操作でやったのだろうか?
私は、彼女のことを全然わかっていない。
いつの間にかMiSAKiちゃんの配信が終わっていた。
流石に集中しすぎていたので休憩を取ろうかと考えていたら、入れ替わるようにして銀情めたんくんの配信が始まったという通知が来た。それをチェックすることにする――なんだかスパイとして敵を監視しているような気分だ。
配信ページを開くと、しばらくの待機画面の後に、彼が姿を表した。
『どうもみなさん、こんめたん〜! メタバース系Vtuberの銀情めたんです!』
●こんめたん〜
●こんめたん!
●ボリュームでかくね
●マイクのボリューム下げてくれ定期
相変わらずハキハキと喋る。
息抜きとして見るにはちょっとうるさいかもしれない。
『さて、今日はほむる氏の元へ来た依頼についてです! あれからゴリゴリと開発を進めまして、ようやく例のシステムが完成しました! そして今回はね、とある助っ人に協力してもらうことにしたんです! あのフォレスト氏が幽霊の専門家と組んでいたようにね、なんとワタシは、格闘技の専門家と組むことにしました!』
配信画面にひとりの男の写真が表示される。ギザギザした金髪で、上半身裸でファイティングポーズを取っている。この人は――。
『彼は格闘家YouTuberのガイアサトシ氏です! 元プロキックボクサーの経験を活かして、街の喧嘩自慢とスパーリングする動画シリーズを投稿していたり、YouTuberを集めた格闘技イベント「ブットバ!」にも参加していますね!』
●ガイアサトシ!?
●誰だ知らん
●格闘家が何を協力してくれるのよ
●あの人か!ちょっと知ってるわ
ああ、私も見たことがある。「ブットバ!」は公開オーディションで選ばれたYouTuberたちが格闘技のルールで戦うイベントで、ガイアサトシさんが出場している映像がバズっていたのだ。
オーディションの時に調子に乗って舐めた態度を取っていた迷惑系YouTuberの男を一撃でノックアウトするという内容で、嫌われ者を”鉄拳制裁”したことによって称賛を浴びていた。
でも、どうして彼が?
QWERTYファイターズは、ゲームなのに。
『あ、いま「ゲームなのにどうして格闘家?」って思いました?』
はい。思いました。
『それはですね……ワタシがこのゲームの操作方法をハックしたからです! それによって、プレイヤーは自分の身体をコントローラー代わりに使うことができるようになりました! ガイアサトシ氏の全身に小型のモーショントラッカーを取り付けて、その動作をゲーム側にリアルタイムで送信し、キャラクターを意のままに動かすことができます! これはですね、QWERTYファイターズの操作キャラクターが「ヒューマノイド」というボーンの構造を採用しているから可能になっていまして、ワタシが開発したプログラムによって――』
●また細かい話が始まってしまった
●技術トーク開始!
●全部理解できるリスナーは果たして何% いるのか
●よくわからんけど面白いからいいよ
彼の技術的な説明は半分くらい何を言っているのかわからなかったけれど、要するに、あのゲーム内のキャラクターが本物の格闘家の動きをするということ……? すごいシステムだけれど、それって本当に上手くいくのだろうか?
『さて、実は既に一度プレイしてもらっているので、その録画をお見せしたいと思います! とくとご覧あれ!』
衝撃的な映像だった。
啓ちゃんが作った「メタバース除霊」の動画のように、画面の半分にゲーム内のトレーニングモードの映像が、もう半分にリアルの格闘技のジムにいるガイアサトシさんが映っていて、その動作は完全にシンクロしている。
全身にモーショントラッカーを付けたガイアさんが腕を上げると、操作キャラクターも腕を上げる。そのまま前に突き出すと、同じ速度で突き出す。前後の移動も、しゃがみも、ジャンプだってできる。
ガイアサトシさんは顔にARゴーグルのようなものを着けていて、それでゲームの映像を見ているようだった。そして両手にはゲームのコントローラーを半分に切断したような機器を握り込んで、包帯のような布でぐるぐるに縛っている。
『どうです? 凄いでしょう! 通常、QWERTYファイターズの操作方法ではまともに移動することすら困難なんですけど、このシステムを使えば、プロの格闘家の動作をキャラクターに反映することができるんです! 実際に対戦している動画もあるので、そっちも観てみましょうか』
対戦相手が現れた。
青の道着のガイアサトシさんは、白の道着のマッチョと向かい合い、軽く一礼する。
それから、あの時サキちゃんの家で観たような……いや、ひょっとするとそれ以上に一方的な試合が始まった。
青のガイアサトシさんは、足を止めた状態で相手の攻撃を全てガードし、全くダメージを受けていない。そして、にこっと笑って上段蹴りを繰り出した。相手が吹き飛ぶ。
倒れた相手がどうにかして起き上がると、今度はパンチのコンビネーション。詳しいことはわからないけれど、素人目で見ても凄まじく速くて正確な打撃。
締めに回転しながら蹴りを繰り出して、あっけなくノックアウト。
●すげぇえええええ
●これは強いでしょ
●プレイしたからわかるけど、これには勝てんよw
●完全にチートで草
これ、ひょっとしてMiSAKiちゃんよりも強いんじゃ……。
『ざっとこんな感じです! ……ところで、実はガイアサトシ氏はVtuberのオタクなんだそうです! わたしのことも、ほむる氏のことも知っていたんですよ!』
え、この見かけで……?
にわかには信じられないけれど、どうやらこの人は自分と同じ人種らしい。
『はい。というわけで、ガイアサトシ氏のデモ動画でした! これからランダムマッチに潜ってもらって、ガンガン実績を上げていきますよ!』
ほむるちゃんが言っていたことを思い出す。
”正解”に必要なのは、貢献・撮れ高・そして愛。
この相手は、それら全部が揃っているのではないだろうか?
いや、相手のことを考えるよりも、いまは自分の仕事に集中しよう。ほむるちゃんの3Dモデルを完成させて、試合映像の撮れ高をアップさせる。
私は私の戦いをするんだ。
そして私はペンを握り直して、作業を再開させた。
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