第9話 ♠ 後輩と改造

 ひかりと最寄り駅で待ち合わせして、そのまま徒歩で後輩の住むマンションへと向かうことにした。

 俺だけで行ってもよかったのだが、わざわざひかりを連れてきたのは、念の為だ。

 あの子と二人きりになるのは、できれば避けたい。


「啓ちゃんお待たせ!」

「ああ」


 前回の寺に行った時といい、こうやって出掛ける時のひかりは何というか、気合が入っているような感じがする。

 というか、こんな服持ってたっけ? まさか新しく買ったのか?

 ……いや、俺の考え過ぎかもしれないけど。


「この服、どうかな?」

「え、まあ、悪くないんじゃね」

「こういう時は普通『似合ってるよ』とか『可愛いよ』って言うもんだと思うけど」

「じゃあ似合ってる」

「『じゃあ』はいらないの!」

「そうか、すまん」


 何なんだよ。

 別にデートというわけでもないし、そもそもひかりとは”そういう関係”じゃない。

 いや、別に可愛いと思っていないわけではないというか、普通に整ってる顔立ちだと思うし、スタイルだって平均以上には良いはずだが……ひかりのことはそういう目で見ていないというか、要するに”ただの幼馴染”なのだ。

 きっと向こうも俺のことをそう思っているだろうし、俺から何かしらのアプローチを掛けてより深い関係になろうとは思わない。


「いや啓ちゃん、そんなに深刻な顔しなくても……別に本気で怒ってるわけじゃないからね?」

「いや、俺も別に本気で思い詰めてるわけじゃないから」

「そう。まあいいや。で、どこに行くの?」

「ああ、ここからちょっと歩いたところ」



 駅から十分ほど歩いて、あの子が一人暮らしをしているマンションに到着した。


「着いた。ここの七階」

「なんか高級そうなところだね。ここに女の子ひとりで住んでるの?」

「そう。セキュリティとか防音とか、色々必須だろうからな」

「そうは言っても、ここまでの物件に住めるってことは――」

「まあ、部屋見たらわかるから」


 エントランスのインターホンに部屋番号を入れて鳴らすと、しばらくしてから通話が繋がった。


『先輩、いらっしゃいです。隣にいるのは――』

「ああ、こいつが森戸ひかり。ほむるのオタク」

「はじめまして。森戸です」

『……わかりました。チッ』


 オートロックのドアが開いた。

 中へ入ると更にもう一つ自動ドアがあって、そちらも開いたので先へと進む。

 ひかりは高級マンションにビビっているのか、明らかに挙動不審な感じでキョロキョロしながら、恐る恐る訊いてきた。


「ねえ啓ちゃん、さっきインターホン越しに聞こえたのって、舌打ちじゃないよね?」

「まさか初対面の相手にそんなことしないだろ」

「だ、だよね! 勘違いしちゃうところだった」


 いや、あの子なら全然するんだが、初手で喧嘩になっても面倒だし、これでいい。


 七階まで上がって、部屋の前へと到着。

 表札に「川紙かわかみ」と書かれているのを確認して、ドア横のチャイムを押す。しばらく待つと、この部屋の主――川紙サキが出てきた。


「先輩、お久しぶりです」

「久しぶり」


 黒のショートヘアに、赤のインナーカラーが入っている。首には黒いチョーカー。

 そして、俺の隣にいる幼馴染をじっくりと見定めるような目つき。


「森戸さん、ですね……はじめまして」

「はじめまして」

「どうぞ入ってください」


 ひかりが「やっぱり機嫌悪いのかな?」と耳打ちしてきたが、構わずに入室する。


 サキの部屋は、女の子が一人で暮らしているとは信じられないような構成になっている。

 まず目に入るのは派手なオレンジ色のゲーミングチェア。大きめのデスクの上にはトリプルディスプレイに、メカニカルマウスと薄っすら光るキーボード。そしてアームからぶら下がったコンデンサーマイクなど、完全にゲーム配信者の部屋だ。

 俺とひかりは革製のソファーに座って、ゲーミングチェアの上で体育座りしているサキと向かい合う。


「で。啓先輩、例のブツはどこに?」

「それは全部終わってからな」

「……わかりました」


 俺からひかりに彼女を紹介しておく。


「ひかり、紹介する。プロゲーマーの川紙サキちゃん」

「プロゲーマー!?」

「まあ、一応」


 いや、”一応”ってレベルじゃないけどな。

 このサキという女は、日々世界レベルで戦っている生粋のゲーマーだ。

 海外のデカい大会にも出場し、このマンションの一室を買えるくらいの賞金を稼いでいる。


「すごいね! えっと、啓ちゃんとはどういう関係なの? 後輩って言ってたけど、啓ちゃんって部活とかしてなかったよね?」

「わたしが中二の時に、南口のゲーセンで啓先輩を逆ナンして」

「逆ナン……?」


 あ、危ない。

 即座にストップを掛ける。


「おいサキ、その話はいいだろ」

「わかりました。まあ、ただの後輩ってことで」


 この川紙サキという女は本当に危なっかしいな。

 ひかりが混乱してないといいが。


「け、啓ちゃんにプロゲーマーの知り合いがいるなんて知らなかったな〜」

「まあ、知り合いというか、わたしは彼女候補の筆頭ですが」

「んん? 啓ちゃんには彼女候補が二人もいるの?」

「おい、どっちも冗談やめろ」


 あれ、これひかりを連れてきたの失敗だったか? 空気が悪すぎるだろ。

 とにかく、さっさと本題に入ってしまおう。


「サキ、QWERTYファイターズは触ったか?」

「まあ、はい。ある程度は」

「ありがとう。それじゃあゲームを起動してくれ。そんでひかり、Xitterのアカウント連携して」

「どういうこと?」

「サキがプレイの代行してくれるんだよ」

「はい、わたしが代わりに戦います。格闘ゲーム、すごく上手いので」

「代行って……それ大丈夫なの?」

「ああ、開発者のしのだあきらが『ダメージ計算に関わる内部パラメータの改変以外なら何をしてもいい』って言ってただろ? だから代行も大丈夫なはず」

「なるほど……」


 それからもう一つ。


「サキ、送っておいたファイルを適用するから、ちょっとPC触らせて」

「わかりました」


 サキには予め俺が組んだプログラムをダウンロードしてもらっている。それを適切なディレクトリに配置して――よし。諸々の設定が済んだ。


「これでオーケー。サキ、操作方法は――」

「もう頭に入ってます」

「流石」

「えっと啓ちゃん、いま何したの?」

Modもっどを入れた」

「私にもわかるように言うと?」

「ゲームの改造」

「改造!?」


 俺が組んだのは専門用語で「Mod」という追加プログラムで、QWERTYファイターズを改造するものだ。

 あの複雑な操作方法を一新して、移動や攻撃をシンプルな操作で行うことができるようになる――ということを、ひかりにざっくりと説明する。


「QWERTYファイターズの操作は全部の関節がバラバラに動くだろ? それをいくつかひとまとめのパッケージにして、シンプルなキー操作で動くようにしたんだ。料理で例えると、包丁を持つ、素材を固定する、腕を動かす……みたいな動作をひとまとめにして『切る』という操作キーを作った感じだな」

「啓ちゃんって料理で例えるの好きだね」

「この世の全ての物事は料理で例えられるからな」

「もしかしてそれって、銀情めたんくんがやろうとしてることと同じなのかな?」

「その可能性はあるな。ただ、誰と組もうとしてるのか知らないが、ここにいる専門家以上に格闘ゲームができる人間はそうそういないはず」


 すかさずサキが話に割って入る。


「どうも、専門家です。プレイヤーネームは『MiSAKiみさき』、好きな格ゲーは『業火ノ拳ごうかのけん』シリーズで、得意なキャラは『スザキ』です」


 サキはゲーミングチェアに座ったまま、得意げな表情で敬礼をしている。あれは確かスザキが勝った時にやるポーズだ。


「はあ、なるほど。よろしくお願いします」


 ひかりもなぜか敬礼で返した。


「まあ、あなたのためではなく、啓先輩から報酬を貰うためですけどね」

「報酬って?」


 若干空気がひりついたのを感じ取って割り込む。


「ちょっとしたプレゼントだから気にするな。それよりサキ、軽くランダムマッチやってみてくれよ」

「わかりました」


 サキは素早い手付きでランダムマッチを選択し、キーボードに手を置く。

 一気に雰囲気が変わって、真剣な目つきになった。


 それは、あまりにも一方的な、蹂躙じゅうりんとも呼べる戦いだった。

 相手プレイヤーは緑の道着のマッチョ。こちらは赤マッチョ。

 俺のModによって、サキのマッチョはキーボードのAで左に、Dで右にスムーズに歩くことができる。いわゆる「WASD」の操作を参考にしてそう組んだ。


 あいてのマッチョも多少は練習しているらしく、左右の移動はできている。しかし、こちらのマッチョに比べたらその動きはぎこちなく、時々繰り出すパンチは全く距離感を掴めておらず、こちらに当たらない。

 一方の赤マッチョサキは元々が天性の格闘ゲームプレイヤーなのに加えて、Modまで導入している。的確に相手の懐に入り込み、その顔面に強力なパンチを叩き込む。相手が反撃しようと腕を伸ばした頃にはその場から既に離れており、いわゆる”打たせずに打つ”を完遂できている。

 あっという間に相手の体力ゲージは減っていき、こちらは一度もダメージを食らうことなくノックアウト寸前まで追い詰めた。


 そこで、赤マッチョサキは舐めたプレイをする。あえて左右の動きを止めて、緑マッチョあいての攻撃を誘うように棒立ち。当然相手が打ち込んで来るが、当たり判定ギリギリで届かない距離までバックステップして下がる。これを、壁際に追い込まれるまで続けた。

 もう下がれるスペースはない。緑マッチョあいてが思い切り振りかぶって、ストレートパンチを打ち込んでくる――が、赤マッチョサキはそれに綺麗に合わせたボディーストレートを放ち、緑マッチョあいては膝から崩れ落ちた。

 これで試合が終わった。〈YOU WINゆーうぃん〉の文字が輝いている。


「サキちゃん、凄いね!」


 ひかりが素直に称賛するが、それに対してサキは「まあ、別にこれくらい」と、そっけない態度を取る。きっと彼女にとってはこの程度のプレイは朝飯前なのだろう。


「サキ、これ使って何回か配信してもらいたいんだが、いいか?」

「わかりました。依頼人とかいうのに活躍を見せればいいんですよね。余裕です」

「それと、頼んでたはやっぱり貸してくれ」

「この状態でも負けないと思いますけど」

「念の為だよ」

「……わかりました」


 そうして、俺はサキから大切なモノを預かって、ひかりと一緒に部屋を出た。

 帰り道、ひかりに言い忘れていたことがあったので、歩きながら伝える。


「ひかり、ほむるのあの3Dモデルは簡単なツールで作られてるって言ってたよな?」

「うん、間違いなくそうだと思う」

「簡単なら、ひかりにもできるよな?」

「……うん?」

「ひとつ頼みたいことがある」

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