第8話 ♥ 操作と困惑

 ほむるちゃんの動画を見終えて、啓ちゃんに連絡することにした。

 LINEでメッセージを送ると、すぐに既読が付いて返信が来た。嬉しい。


〈ほむるちゃんの動画観た?〉

〈ああ。いまゲームダウンロードしたところ〉


 啓ちゃんは相変わらず私よりも一歩先に行動している。

 彼に付いていくためにも、私もすぐに動かないといけないな。まずは公式ウェブサイトからゲームをダウンロードしてみよう。


〈早いね! 私もいまから落としてみる〉


 ほむるちゃんの動画の概要欄のリンクをクリックすると、シンプルなウェブサイトに繋がった。「QWERTYファイターズ」のロゴとキャラクターのイメージ画像があって、その横で一番目立っている〈ダウンロード〉というボタンをクリックする。


 落としたファイルはZIP形式になっていて、展開するといくつかのフォルダと、〈操作方法〉というPDFファイルと、本体の実行ファイルが入っていた。

 まずはPDFファイルを開いてみると、操作方法がビッシリと書いてある。なるほど、これは確かにもの凄く複雑だ。短時間で覚えるのは無理そうなので、とりあえずゲームを触ってみることにした。

 おそらく啓ちゃんは一度読んだだけで覚えてしまうんだろうけれど、私は新しい家電とかアプリも触りながら覚えるタイプだ。


 実行ファイルを起動すると、軽快なBGMが鳴り始めてメニュー画面が現れる。上から〈ランダムマッチ〉、〈フレンドマッチ〉、〈トレーニング〉、〈オプション〉、〈クレジット〉となっていて、とりあえずオプションを覗いてみると、グラフィックやサウンドを調整できるようになっていた。Xitterアカウントの連携設定もある。

 私は格闘ゲームに関しては完全に素人なのだけれど、トレーニングモードが重要だということは知っている。有名なプロゲーマーの人がそう語っているのをYouTubeの切り抜き動画で見たから。よって、〈対戦〉ではなく〈トレーニング〉を先に選んだ。


 白い道着を着たマッチョの男性が画面中央に現れる。まだベータ版だからだろうか、ステージやキャラクターの選択画面は無かった。この白マッチョが自分ということだ。まあ、何でもいいや。

 さて、もし開発が済んでいればこの画面にサンドバッグ代わりの物体だかCUPのキャラクターだかを設置できると思うのだけれど、どこを触ればいいんだろうか。ということを考えていると、思いがけないことが起きた。

 私の白マッチョが、ゆっくりと前のめりに傾いていって、バタンと倒れたのだ。

 何で? まだ一切操作していないのに。

 倒れたマッチョはピクリとも動かない。これは一体どうしろと言うのだろう。

 適当にキーボードをガチャガチャと叩いてみると、マッチョがぷるぷると震えだした。つまり、操作は受け付けているらしい。ただ、どうやっても起き上がることができない。


 よし、啓ちゃんに訊いてみよう。

 よくわからないことが起きたら啓ちゃんに連絡すれば、大抵は何とかなるのだ。


〈啓ちゃん、トレーニングモード触ってみたんだけど、いきなり倒れちゃって、そこから何もできない!〉

〈ああ、足でステップ踏んでないと倒れるっぽい〉

〈???〉

〈フットワークだよ。格闘家が前後にぴょんぴょん飛んでるアレ〉

〈それってどうやるの?〉

〈Jが左足の膝でFが右足の膝。基本はその二つでバランス保てる〉

〈そんなこと言われても!〉


 何なんだこのゲームは。わざわざキーボードを操作しないとまともに立っていることすらできないのか……。これで相手にダメージを与えるような動作をして戦うっていうの? いや、無理あるでしょ。


 それから操作方法のPDFファイルとにらめっこしつつ、色々と試してはみたが、攻撃はおろか、まともに前進することすら私には難しかった。

 これは、本当に格闘ゲームと呼べるのだろうか?

 本当はこんな言葉は使いたくないけれど、はっきり言ってクソゲーだと感じる。

 少なくとも、楽しくはないし、苦行としか呼べない。


 そこで啓ちゃんからLINEのメッセージが来て、少し意見が変わった。


〈一度対戦してみるか〉

〈いいよ!〉


 やっぱりこのゲームはクソゲーではない。

 だって啓ちゃんと一緒に遊べるのだから。


 フレンドマッチを開いて、啓ちゃんが設定したパスワードを入力。すると、対戦画面になって、目の前に黒い道着のマッチョが現れた。道着の色、変えられるんだ。


 啓ちゃんの黒マッチョがこちらに向かってくる。私はさっき教わったJキーとFキーを押してステップを踏もうとするものの、ガクガクと倒れ込んでしまった。

 一方の啓ちゃんはゆっくりとこちらに向かってきて、私のマッチョの頭をズカズカと蹴り始めた。痛い痛い。体力ゲージがどんどん減っていく。私はどうにか立ち上がろうと藻掻もがくが、その場から全く動けない。

 そして、そのまま〈YOU LOSEゆーるーず〉の文字が出て負けてしまった。

 二転三転して悪いけれど、やっぱりクソゲーじゃん。

 啓ちゃんに通話を掛ける。ワンコールで出てくれた。


『もしもし?』

「啓ちゃん! 何このゲーム! とんでもないクソゲーだよ!」

『ひかりには難しすぎたか』

「いやいや、こんなの誰にとっても難しすぎるでしょ。まともに歩くことすらできないなんて」

『でもこのゲームで活躍しないとほむるからスパナ貰えないぞ』

「う〜 どうしたらいいの……」


 こんなの、詰んでいるとしか言えない。

 私がこのゲームをマスターして、1万人の中で最も活躍する?

 そんな未来があるはずが無い。

 もう今回の依頼は諦めて、傍観ぼうかんに回った方がいいんじゃないだろうか。

 ……なんてことを考えていたら、啓ちゃんから思いがけない一言が。


『まあ、色々と手は考えてある』

「ほんとに?」

『ああ、今回も専門家に頼ろうと思って。一人心当たりがあるんだ。ただ、ちょっと気難しい奴だから、交渉がすんなりいくかどうかはわからない』

「おお! 頑張って!」


 啓ちゃんが真剣に考えてくれているみたいで、安心すると同時に、すごく嬉しい。

 最初に誘った時は全然乗り気じゃなかったのに、前回はお寺まで行ってくれたし、今回もすぐに作戦を考えてくれている。

 もしかして、ほむるちゃんのことを気に入ったんだろうか?

 いや、あまり期待し過ぎても良くないけれど。



 翌日、あの人が先に動いた。

 Vtuberの銀情ぎんじょうめたんくん。前回のほむるちゃんへの依頼では啓ちゃんの”回答”に敗北して悔しがっていたけれど、どうやらまた参戦するつもりらしい。

 彼は前回と同じように自分のチャンネルでのライブ配信でほむるちゃんに言及した。



『どうもみなさん、こんめたん〜! メタバース系Vtuberの銀情めたんです! 今日はですね、探偵Vtuberのほむる氏の新しい依頼についてお話しします!』


●こんめたん

●こんめたん〜

●相変わらず声量がデカいな

●もうちょいマイクのボリューム下げたら?


 おそらくNVR内からの配信で、立体的なチャット欄を自分の横に出しつつ、カメラの方を見ながらハキハキと喋る。


『今回はねぇ! 本気で勝ちにいきますよ! あの後、どうして負けたのか考えて、色々と調べたんです。そうしたら、ワタシの依頼に対する解釈が間違っていたということがわかりました。ここで話すようなことじゃないんですけど、依頼人にはちゃんとした意図があったんですよ』


 これは驚いた。めたんくんも、啓ちゃんが見つけた情報――SigLさんのサブアカウントの遺言まで自力で辿り着いたのか。

 啓ちゃんが”強敵”と評していただけあって、この人も本当に賢いのかもしれない。


●ちゃんと敗因分析してるのな

●めたんが勝つところ見たい!

●負けず嫌いだなぁ

●頑張れ〜


『そして、前回のワタシは誰かに頼るということをしなかった。それがもう一つの敗因です。フォレスト氏は幽霊の専門家である霊媒師YouTuberと協力して、斬新な”回答”を作り出した。これは見習うべき姿勢ですね。えー、具体的に何をやるかですが、現在、とあるシステムを構築しています。これはゲームの在り方を根本から変えるような代物です。数日以内に発表しますので、お楽しみに!』



 一体何を作るつもりなのかわからないけれど、いまの彼には何かを巻き起こしそうな凄みを感じる。

 そして、「専門家」というワードも気になる。格闘ゲームの専門家に頼るということだろうか? それとも、「これはゲームの在り方を根本から変えるような代物」ということは、全く別方向からのアプローチなのかもしれない。

 一応、啓ちゃんに連絡しておこう。

 LINEでメッセージを打つ。


〈銀情めたんくんが配信で、なんかのシステムを作ってるって言ってたよ。かなり本気みたい〉


 送信。すると、すぐに返信が来た。


〈後で確認しておく。ところで明日は空いてる?〉

〈空いてる!〉

〈じゃあ専門家に会いにいくから、付いてきて〉

〈わかった!!〉


 啓ちゃんは啓ちゃんで、計画が進んでいるみたいだ。

 ここは、彼の能力を信じるしかない。


 そして、また彼と一緒にお出掛けすることができるようだ。

 前回は電車に乗ってお寺へ行っただけだったけれど、はたして今回はどうだろう。

 こういうちょっとしたお出掛けでも、その一回一回が私にとっては大切なイベントだ。


〈ちなみに、どこまで出掛けるの?〉

〈後輩の女の子の部屋〉


 これ、本当に信じていいの?

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