第6話 ♥ 勝者と遺言

 ほむるちゃんの動画が終わって、啓ちゃんに椅子を返した。


「どうぞどうぞ」

「どうもどうも」


 私はいつものようにベッドに座る。


「啓ちゃんの回答、本当に勝っちゃったね。やっぱり啓ちゃんに頼んで正解だった」

「そりゃどうも。まあ、かなり運も絡むし、今回はラッキーだったな」

「いや、これは実力だよ」


 そんなやり取りをしていると、部屋の中央のテーブルに置いてあった私のスマホにXitterの通知が来た。新規のDMだ。

 差出人は、依頼人のリコピンさん。


〈フォレストさん、はじめまして。こちらの動画はもうご覧になりましたか?〉


「ねえ啓ちゃん、リコピンさんからDMが来た!」

「なんて?」

「もう動画見たかって」

「いま返信してみて」


 私は〈見ました〉と送った。

 するとすぐに返信が返ってきた。


〈SigLくんを、僕の友達を本物の幽霊にしてくれて、ありがとうございました〉


 私はそれを読み上げて啓ちゃんに伝えて、それから〈どういたしまして〉と返信した。

 DMのやり取りはそれで終わってしまったのだけれど、ポイントも獲得できたことだし、未だによくわかっていないことは啓ちゃんに説明してもらおうかな。


「リコピンさん的には啓ちゃんの解釈が正しかったわけだけど、私にもわかるように解説してもらえる?」

「ああ、いいよ」

「まず、あの依頼ってどういう意図だったの? 私からしたら、そもそも依頼として成立していないと思ってたんだけど」

「それは、全部SigLのためってのが真相だ」

「というと?」


 SigLさんって死んでいるはずだけど。

 一体何の役に立ったのだろう。


「SigLは生前、リコピンたちと仲良くしていたわけだが、彼にはひとつ夢があったんだ」

「夢?」

「ああ、彼はずっと、”何者か”になりたがっていた」

「それって、インターネットとかメタバースのコミュニティで目立った活躍をするような人間ってこと?」

「まあそんなところだな。でも、病気になって余命が短いとわかった。それで夢を切り替えたんだ。これについては、実際にXitterの投稿を見たほうが早いな」


 そう言って、啓ちゃんはブラウザのブックマークからひとつのページを開いた。

 私はパソコンのあるデスクに近づいて、画面を覗き込む。

 短い投稿だった。


〈俺、死んだら都市伝説になりたいわ。誰か頼んだ〉


「これって……」

「SigLの遺言だな」

「ちょっと待って、私もSigLさんのXitterは結構遡ったんだけど、こんなの見つけられなかった。頑張って二年分くらいの投稿見たのに」

「それ、別のアカウント」

「別?」

「そう。こっちはいわゆるサブ垢だな。フォロワー五人しかいないし」

「そんなのどうやって見つけたの?」

「ほむるの動画を見て、その後すぐに探したんだよ。ヒントは映像の中に映ってたSigL以外の四人のネームプレートだな」

「あの頭の上に付いてるやつ?」

「そう。NVRの動画はこれまでにいくつか見たことがあったんだが、あのネームプレートってのは撮影方法によっては非表示にできるらしくて、そうなってることが多かった」

「あ〜確かにそうかもしれない」


 私もNVRで活動しているVtuberの動画やライブ配信を見ることはあるけれど、言われてみればネームプレートが映っていることは少なかった気がする。


「でも、あの映像ではわざわざネームプレートが表示されていただろ? だからこれはヒントだなって気が付いた。すぐに簡単なプログラムを組んで、画面に映ってた他の四人が共通してフォローしてるアカウントを割り出してみたら、その中にこのアカウントがあったんだ」

「フォロワーは五人だから……あと一人は?」

「もう一人は『タイニー・クワイエット・ルーム』の製作者だな。だからリコピンはあのワールドを選んだんだろう。知り合いの製作者から本物のデータを借りられるから」

「一瞬でそこまでわかっちゃったんだ」

「通話した時に言ったろ? Xitter見てたら大体わかったって」


 やっぱり啓ちゃんに泣き付いてよかった。

 この人――湖傘啓こがさけいは、ちょっと怖いくらいに賢い。

 でも。


「それって何で私に教えてくれなかったの?」

「そりゃ、外れてたら恥ずかしいからだよ。ホームズみたいな探偵もさ、多分同じ気持ちなんだと思うわ」


 あ、やっぱり可愛いかも。


「当たっててよかった……」

「ああ、あんな寺まで行って無駄骨だったらたまんないからな」


 確かに、あれは結構なギャンブルだった。

 そして、当然それ相応のコストも掛かっている。


「そうだ、除霊の料金っていくらだった? 今からでも私が出すよ」

「いや、いいよ。俺の勝手な判断だったからな。登録者数一万人のチャンネルで宣伝できるって言ったら割引きしてくれたし」

「本当にいいの?」

「いいって」

「じゃあ……えっと、今度ご飯おごるね」

「わかった。それでいいよ」


 あ、これは棚からぼた餅。

 これで啓ちゃんと食事に行けることになった。お店調べておこう。


「そうだ、啓ちゃんにもう一つ訊きたかったんだけど、ほむるちゃんはどうしてリコピンさんの依頼を採用したんだと思う? きっと沢山来た中から最初のひとつとして選んだんだと思うんだけど」


 そうだな、と言って啓ちゃんは腕組みをする。


「これは完全に推測だけど、『何者かになりたい』っていう夢はVtuber的に共感しやすかったんだろうな。だから、それを全力で肯定した俺たちの回答が勝った。SigLを本物の幽霊として扱って、除霊までしたんだ。そういう”愛”なんだよ、求められてたのは」

「そっか……ありがとう。納得できた」


 啓ちゃん、やっぱり人一倍優しいな。それでいて、技術力も行動力もすごいパワーを持っている。


 だから二年前にはあんなことになっちゃって、最終的に学校辞めちゃったんだけれど。


 普通に生きるのって、優秀すぎても難しいものなのかもしれない。

 私とは正反対のようで、近いところもあるのかな。



 翌日、YouTubeを漁っていたら銀情めたんくんの配信の公式切り抜き動画が流れてきた。


『ああもうっ! 悔しいです! というか、何なんですかメタバース除霊って! どうしてあんなっ! あ! いたたたた……リアルの壁に手ぶつけました! ……いや、「草」じゃないですよ! もう!』


 何かコメントを残そうかとも思ったけれど、止めておいた。

 勝者が敗者に掛けられる言葉というのは、そう多くない。

 もしひとつだけ言えることがあるとしたら、彼のメタバースへの愛も本物だったと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る