第5話 ♠ 寺と破天荒

『次で最後の回答だね。ワトソンネーム・フォレスト君より、動画タイトル「メタバース除霊」とのこと。それじゃあ、再生するよ』


 ほむるの姿が消えて、全画面で俺たちの動画が再生される。

 真っ黒な背景に白い明朝体のテロップがフェードインした。


――都内某所のとある寺院にて


 しばらくするとその文字が消えて、お寺の内部が映し出された。

 カメラがぐるりと半周すると、目の前には、袈裟を纏ったお坊さんがひとり。


――あなたが北神原響きたかんばらひびきさんですか?


『はい、いかにも』


――本日はよろしくお願いします


『よろしくお願いいたします』


――では、いつものように自己紹介してもらってもいいですか?


『わかりました』


 北神原響はすーっと深呼吸をして、それから急に雰囲気が変わった。

 同時にコミカルなBGMが流れ出す。


『はいど〜も〜! 寺生まれの霊媒師YouTuber、北神原響でっす!』


 北神原響は何とも形容し難い独特なポーズを決める。


『なんと今日はですね、メタバースのNagisaVRに幽霊が出たということで、もしかしたら世界初の「メタバース除霊」をやっていきたいと〜思いまっす!』


――メタバースでも除霊ってできるんですか?


『もちろんできますよ! わたくしね、こう見えてもプロの霊媒師ですから。現場がリアルだろうとバーチャルだろうと関係ないです。どーんと任せてください!』


――ちなみに、メタバースのご経験は?


『それがね、一度も触ったこと無いんですよ……。でも、大丈夫です! わたくしゲームとかも得意な方なので。似たようなものでしょ? 全く問題ないです!』


――では、こちらのVRヘッドセットをどうぞ


『お〜これが噂のVRですか。結構重たいですね。よいしょっと……』


 北神原響はそう言って、俺が用意したVRヘッドセットを装着する。これはスタンドアロンで動作するようになっているもので、PCに繋がなくてもVRコンテンツを動かすことができる。もちろん、NVRにも対応。

 俺が去年購入したものだが、ほとんど使わずに埃を被っていたので、出番があってよかった。


 ここからは映像が左右に二分割されて、右半分には俺がスマホで撮影したリアルの北神原響が、左半分にはメタバース内の彼の視点の映像がシンクロして流れる。

 ちなみに動画編集は全部俺が担当した。これくらいなら容易い。


『うお〜 ここが現場の「タイニー・クワイエット・ルーム」ですか。なるほどなるほど……』


――何か感じ取れますか?


『これは幽霊の匂いがプンプンしますね〜 確実に本物の心霊現象ですよ! いや〜凄い時代になったものだ!』


 VRヘッドセットを装着したスキンヘッドの坊さんがあちこちを見回す。なんとも奇妙な光景だ。そしてこれは、俺の感覚が正しければ、かなりの撮れ高だろう。


『むむっ! この辺りですね。ここから幽霊の残留思念を感じ取れます。うーん、この方は、きっと強い未練があったんでしょうね。お仲間ともっと遊んでいたかった……そんな感じがします。


――除霊はできそうですか?


『かなり手強い相手ですが、私の力にかかれば、すぐに成仏させられますよ!それじゃあ、除霊の方をさせてもらいましょうかね』


――よろしくお願いします。


 リアル側の彼は周辺が見えていない状態で、いわゆるお祓い棒――正式名称・大麻おおぬさを探して、地面を這いつくばった。すぐ近くに置いてあるのに中々手が届かなくて滑稽だ。


『あれ? どこだどこだ……おっ! あったあった』


 コントローラーと一緒に大麻を持ち、すっと立ち上がる。いよいよ除霊の本番だ。

 ここでBGMは止まって、完全に無音になる。

 北神原響は大麻を刀のように構え、左右にゆらゆらと揺らす。

 そして、何やら呪文を唱え始めた。


『あ〜〜〜 


 オンヌンバラバラエンダショラッタ……

 オンヌンバラバラエンダショラッタ……

 オンヌンバラバラエンダショラッタ……

 オンヌンバラバラエンダショラッタ……


 さまよえる霊魂よ、安らかに眠り給え……


 ……ァ!』


 バサリと大麻を振って、一時停止。

 そのまま数秒間経って、ようやく腕を下ろした。


――いまので終わったんですか?


『無事に終わりました。SigLしぐるさんの幽霊はあの世へと旅立ち、このバーチャル空間は清められました。ちなみにわたくし、北神原響は現在YouTubeで活動中でございますので、気になった方は是非チャンネル登録をよろしくお願いします。除霊や降霊の依頼も受け付けてお――』


 最後の宣伝はあえて途中でカットした。本人に許可は貰っている。

 ラストカットは青空をバックにテロップのみ。


――こうして、メタバースに現れたSigLの幽霊は、無事成仏した。


 ED曲として、フリー音源の「シャイニングスター」が流れる。

 これは「魔王魂」というサイトで配布されている有名な楽曲だ。


 映像が終わって、ほむるが顔を出した。



『いや〜 こんな動画は初めて観たよ。なんだい「メタバース除霊」って。斬新なことを考えつくものだね〜』


 銀情めたんの時のような拍手は無い。しかし、満足気な声色ではあった。


『さて、というわけで紹介する回答はここまで。いやはや、くだらないギャグから真剣な推理まで、幅広い回答ありがとう。それじゃあ、今回の”正解”の発表に移ろうか』


「いよいよだね」


 ひかりは胸の前で手を組んで呟く。


「ああ」


 やれるだけのことはやった。

 さて、結果は。


『依頼人のリコピン君との協議の結果、今回の”正解”は……』


 ジャカジャカジャカというドラムロールの効果音が入る。

 続いてジャーン!とシンバルの音。


『「メタバース除霊」のフォレスト君! 君に決まったよ。おめでとう!』


 勝った。


「啓ちゃん! やった!」

「どうにかなるもんだな」

「お礼にチューしてあげよっか!?」

「それはいらない」

「あっそう」

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