第4話 ♥ 移動と勝算
二日前の土曜日のこと。
私と啓ちゃんはお寺へと向かうために総武線の電車に揺られていた。
どうしてこうなったのかと言うと、啓ちゃんに「出掛けるから付いてこい」と誘われちゃったから。そんなの、断る理由が無い。土日だろうが、平日だろうが、それは全ての用事よりも優先されるべきものだ――推しの配信と被らない限り。
ゴトンゴトンという心地よい振動の中で、右隣に座った啓ちゃんは、淡々と説明を始める。
「要するに、ワトソンが推理するべきなのは映像のトリックじゃなくて、依頼人の意図だ」
そんな啓ちゃんの言葉の意図を、私は必死に読み解こうとする。
「えっと、つまり学校のテストみたいに? 出題の意図を考えろってよく言うよね」
「うーんそうだな……どっちかと言うと料理バトルみたいな?」
「料理バトル……?」
「審査員が何を美味しいと感じるのか、与えられた素材を使って”正解”を目指す競争。別に真相がどうとかは関係ないし、その例えがしっくり来るな」
うーん、私には今ひとつピンとこないけれど、啓ちゃんにはしっくり来ているようなので、きっとそういうものなのだろう。
ほむるちゃんがやらせたいのは料理バトル――いや、推理バトルと言い換えてもいいのかな? とにかく、それなのだ。
私は料理バトルなんてこれまでの人生で一度もやったことは無いし、せいぜい漫画やアニメの中でやっているのを何度か見たことがあるくらい。そしてもちろん、推理バトルの経験も無い。
「それで、そのためにお寺に行く必要があるの?」
「ああ。俺はそう解釈した。技術的なトリックは解く必要が無い」
「啓ちゃんがそう言うんなら、信じるよ」
私は技術的なことはあまり詳しくないのだけれど、銀情めたんくんが言っていたことは完全に正論なように思う。
確かに、場所がメタバース内であるのなら、どんな表現も作れてしまいそうだ。もちろん、それ相応のスキルは必要だろうけれど。
その、おそらく”一万分の一”に匹敵する知識やスキルを持った相手に対抗する手段が、お寺に行くことだと啓ちゃんは言う。
「確かに銀情めたんは本物だよ。彼の制作物を色々と見たけど、ああいう人材はこれからどんどん需要が出てくるだろうな」
「それは私もそう思う。他のVtuberと比べても、技術力は頭一つ抜けてるように感じるもん」
「やっぱりオタク目線でもそう見えるか。彼、メタバースに詳しいだけじゃなくて、3Dモデリングにプログラミング、イベントの運営までこなせるみたいだし、いわゆるマイクロインフルエンサーってやつだよな。ありゃ強敵だよ」
啓ちゃんがここまで他人を褒めるのは珍しい。
彼は人間だろうと作品だろうと、本当に凄いと認めたものしか褒めないタイプなのだ。素直に「良い」とは言わずに、「悪くないな」とか言ってしまうような感じ。
まあ、そこがクールでカッコいいんだけれど。
「それでも勝算はある……んだよね?」
「ああ。別に俺自身が銀情めたんに勝つ必要は無いからな」
「勝つ必要が無い……と言うと?」
「ほむるがやっている企画は、本質的には人探しゲーだ。自分自身が”一万分の一”になれなくても、”一万分の一以上の人材”を探し出して手伝ってもらえればそれでいい。つまり今回に関しては、幽霊の専門家。だから、寺に行く」
なるほど、幽霊の専門家か。確かにそれはお寺にいそうだ。
これでお寺に行く理由ははっきりしたけれど、まだ今ひとつ納得がいかない。
「それって、あの幽霊を本気で信じてるって意味じゃないよね?」
「俺はオカルトは信じない。知ってるだろ」
「うん。啓ちゃん、お化け屋敷でもノーリアクションで通り抜けるもんね」
「さっきも言ったけど、真相は何だっていいんだ。別に幽霊が本物だろうが、偽物だろうが……あ、次の駅で降りるから」
啓ちゃんと一緒に電車を降りて、改札を出た。
こうやって並んで歩くのはかなり久々な感じがする。
お互いに小さい頃は家族ぐるみの付き合いで、しょっちゅう二人で遊んでいたし、遠出するようなこともあったのだけれど、中学に入ったくらいからそういうイベントは少なくなっていった。
夏休みも近いことだし、また一緒にプールや遊園地にも行きたい。でも、この年齢だと、それはもう”デート”になっちゃうし、私から啓ちゃんを誘うのは中々に勇気がいる。「仕事が忙しい」とか言って断られでもしたら三日は寝込んでしまいそうだ。
「もうそろそろ着くはず」
スマホで地図アプリを見ている啓ちゃんがナビゲートしてくれる。
まあ、これはこれで良い経験かもしれないな。
ただ並んで一緒に歩くだけ……うん、そういう関係性だって、大いにアリだ。
目的地がお寺っていうのがちょっぴり違和感があるけれど……教会とかだったらもうちょっとロマンチックかも?
「見えてきた。あそこだ」
「え、あ、うん。あれね」
そのお寺は、住宅街の真っ只中にひっそりと佇んでいた。
特に変わった様子は無く、本当に普通のお寺。ここに幽霊の専門家がいるのか。
境内を歩いていると、向こうから
「すみません、予約していた
「ああ、お待ちしておりました。わたくし、
そう名乗った彼は、どこからどう見ても一般的なお坊さんだ。
ツルツルに剃り上げた頭が日光を反射してキラキラと輝いている。
体型は小太りで、身長は啓ちゃんと私の中間くらい。
「はじめまして、
「お連れの方ですね。いらっしゃいませ」
お坊さんと言葉を交わすのは、なんだか少し緊張してしまう。
一方で堂々とした態度の啓ちゃんは、するすると会話を繋げる。
「今日はよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
「早速ですが、Wi-Fiってどこですか?」
「こちらへどうぞ」
いや、何でそんなスムーズなのよ。
というか、いま「Wi-Fi」って言った?
事前に何かしらの情報共有があったらしく、私たちはすぐに本堂へと通された。
中には何らかの行事で使うような何らかの道具が沢山置いてあって、これから何かが開始されるのをじっと待っているようだ。
「ああ、このくらいスペースがあるなら大丈夫そうですね」
啓ちゃんはそう言いながら、すーっと辺りを見回す。
それに対して、北神原さんはニコニコとした表情で応える。
「それでは、ご依頼の通りに、これより『メタバース除霊』を始めます」
……なんて?
「よろしくお願いします。それじゃあ機材の準備しますね」
そう言って啓ちゃんは鞄をごそごそと漁り始めた。
彼が取り出したのは、ゴツいVRヘッドセット一式だった。
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