第3話 ♠ 正統派と技術

 お題の動画が投稿されてから三日後。

 ほむるのXitterアカウントで新しい動画を投稿するとの告知があって、俺の家でひかりと一緒に視聴することになった。予定時刻は午後八時。

 俺たちの”回答”は、専用のフォームからほむるに提出済みだ。本来はテキストしか受け付けていないようだったが、俺たちが作ったのは映像だから、クラウドストレージにアップロードした動画ファイルのURLを記載することによって無理やり送った。

 提出の際にはワトソンのXitterアカウントを申告する必要があって、ひかりが運用しているほむる応援用のもの――ユーザー名〈フォレスト〉を指定した。


「あ〜緊張してきた!」


 ひかりはさっきから部屋の中をうろうろと歩き回っている。

 別にやましい物は置いていないはずだが、なんとなくこちらもソワソワするから、もうちょっと落ち着いていてほしい。


「じっとしててくれよ」

「ねぇ啓ちゃん、他のワトソンたちに勝てると思う?」

「それはわからない。俺たち以上にガチった奴がいるかもしれないからな。でも逆に、ただ見てるだけって奴も沢山いるだろうし、割合としてはそっちのほうが多いだろ?」

「そうだね。コメントを書き込むのとかも少数派だから。それに、銀情ぎんじょうめたんくんが名乗りを上げたのを見て結構な人数が諦めたと思う」

「それはそうかもな」


 「銀情めたん」というのは、Vtuberの名前だ。

 ひかり曰く、彼は最近急激に伸びている新人で、主にメタバース内からライブ配信や動画投稿を行っている。彼の拠点は幽霊が出たのと同じ、NagisaVR――通称「NVR」だ。

 ほむるがお題の動画を投稿したその日の夜、彼はNVRからライブ配信を行い、それについて言及していた。



『あんなものはねぇ! 完全にトリックですよ!』


 銀色の短髪に黒縁眼鏡の姿で、大きな身振り手振りを交えてハキハキと喋る。

 元気と言うより、ちょっとうるさいと感じるくらいの声量だ。


『あの「タイニー・クワイエット・ルーム」は、確かに一度に四人までしか入室できません。正確に言うと、四人までしかアバターが表示されないんです。でもねぇ! それはあくまでもあのワールドやアバターが”本物”だった場合だけです! 仮に本物そっくりのワールドか、あるいはネームプレート付きの、中身のいない”アバターもどき”を用意できたとしたら、あんな映像は簡単に再現できるんですよ!』


 ネームプレートというのは、各ユーザーのアバターの頭上に表示されるもので、そのユーザーのユニークIDが見えるようになっている。

 問題の映像に登場した幽霊のアバターの頭上には確かに〈SigL〉と表示されていた。


『回答の期限が三日間あるでしょ? ワタシはねぇ、あの映像を完璧に再現できるセットを作り上げて、それが偽物だって証明してやりますよ! まあ、ワタシの手に掛かれば余裕でしょう。簡単な作業です』



 それから彼のことを少し調べたが、これまでの活動実績を見る限り、どうやらハッタリやビッグマウスではなく、本気で簡単な作業だと思っているらしかった。


「啓ちゃんの戦略はめたんくんとは真逆だよね」

「まあ、同じ土俵で戦う必要無いし」


 俺は別にメタバースに詳しいわけではない。Vtuberにも詳しくないし、実際のところ、ほむるのこともよくわかっていない。ただ、彼女は最初の動画で選考の基準を明言した。


 ①依頼人への貢献。

 ②エンタメとしての撮れ高。

 ③そして、愛。


 彼女の言葉をストレートに受け取るとするならば、俺の方向性で間違っていないはずだ。

 あとは、結果を確認するのみ。


「あ、そろそろ時間だよ!」

「そうだな」


 デスクトップ右下の時計が八時を回った。

 YouTubeの画面を更新すると、新しい動画がアップされている。ワンテンポ遅れて、更新を知らせるプッシュ通知も届いた。

 俺はデスクチェアをひかりに譲って、その隣で膝立ちになる。


「じゃあ、再生するぞ」


 ひかりはディスプレイを見つめたまま黙って頷いた。

 クリック。動画が始まる。



『やあやあワトソンの諸君。待っていたよ』


 3DCGのほむるの姿が映し出された。これまでの動画と同じ画面構成で、同じBGMが鳴っている。


『今回の動画は、三日前に投稿した〈この動画〉の続きになっているから、まだ観ていない人はそちらから先に視聴しておくれ」


 ほむるが指さした先には、先日の動画のサムネイル画像が表示されている。


「それじゃあ、早速ワトソンの諸君が提出してくれた回答を見ていこうか。果たしてどんな真相が暴かれることになるのか、楽しみだよ』


 画面が切り替わって、ほむるの3Dモデルが画面右下へと移動した。その左上にはコルクボードの画像が大きく映っていて、どうやらここにワトソンから収集した回答を掲示していくようだ。


『まず、全体の傾向として、大喜利的なテキストが多く届いたね。これについては、別に悪いことじゃない。面白い回答なら撮れ高になるだろうし、”正解”が与えられることだってあるかもしれないからね。ただし、今回の審査は依頼人のリコピンさんに協力してもらったから、ボクが気に入った回答でも評価が低くなっているものもある。予め了承しておくれ』


 なるほど、やはり審査にはリコピンも関わっているのか。俺としては、そうなっている前提で動いたので、これは朗報と言える。


『それと、回答の入力フォームはテキストだけ送れる仕様になっていたんだけれど、そんな中でも動画のリンクを送ってきたワトソンが二人いる。これについては最後に紹介しよう』


 動画で回答を出したのは二人か。すると俺たちの他にもう一人――まあ十中八九、銀情めたんだろう。彼との一騎打ちになるのかもしれない。


『ではでは、最初の回答を紹介するよ。ワトソンネームは……匿名君だね。それじゃあ、心を込めて読み上げさせてもらうよ。


〈実はメタバースってあの世と繋がっていて、死んだ人が集まっている場所なんですよ。メタバースを漢字で書くと”滅絶破愛巣めたばあす”……つまり滅び破れた者たちの愛の巣ってことです。ね? そこには愛があるんですよ〉


とのこと。うーん、愛が必要とは言ったんだけどね、こんな無理やりな当て字でねじ込んで来るとは思っていなかったよ。あはは。それじゃあ次に行こうか――』


 そんな具合で、ほむるはいくつかの文章にコメントを添えて紹介していった。

 やはりワトソンたちの回答は「如何に笑いを取るか」という方向に偏っていて、俺の考えが正しければ、ライバルは多くなさそうだ。


「ほむるちゃん、相変わらず読み上げるの上手いなぁ」


 ひかりが恍惚とした表情で呟いた。


「注目ポイントそこなのか?」

「だって、推しがリスナーのテキストを読み上げてるんだよ? こんなのほとんどラジオ番組じゃん」


 俺にはもの凄くどうでもいいことのように思えるが、Vtuberオタクにとってはそういうのが面白いのかもしれない。よくわからないので黙っていることにした。


『さて、テキストの紹介はここまでにして、次は動画での回答を見ていこう。ワトソンネーム・銀情めたん君――この人はVtuberをやっているみたいだね。つまり、ボクの先輩だ。まあ、この事務所での立場的にはボクの助手だから、忖度はしないけれど』


「やっぱり銀情めたんくんも動画を出してきたんだね!」

「ああ、ここまで想定通りだな」


『それじゃあ早速再生するよ。動画タイトル「幽霊トリックの再現」』


 映像が切り替わり、全画面で銀情めたんの動画が再生される。



『どうもみなさん、こんめたん〜! メタバース系Vtuberの銀情めたんです!』


 相変わらず声量がデカい。

 そして、ライブ配信の時と同じ挨拶をしているようだ。


「ひかり、この『こん〇〇』っていうのはVtuberのお決まりの挨拶なのか?」

「まあそうだね。そういう人は結構多いよ」

「それって必要なのか?」

「……それ、禁句だから二度と言わないで」

「え、ごめん」

「ほら、ちゃんと見よう」


『さてさて、この動画ではほむる氏の元に届いた謎の心霊動画を検証・再現していこうと思いまっす! NVRに現れた幽霊の正体、徹底的に暴いちゃいますよ〜!』


 やはり彼は現役のVtuberだけあって、相当場馴れしている。

 あまり考えたくはないが、このまま勢いで押し切られてしまう可能性もあり得るだろう。


「ねえ啓ちゃん、大丈夫だよね?」

「大丈夫だ。さっさと三回”正解”して、スパナとやらを貰って、ひかりにはちゃんと卒業してもらうぞ」


 ひかりの前で格好付けてしまうのは、昔からの悪い癖だ。

 まあ、直す気もないが。


『ところで、賢明な視聴者諸君ならもう既にお気付きでしょうが、ワタシがいま居るこのワールド、例の幽霊が出たという「タイニー・クワイエット・ルーム」です! これからここに、ワタシの仲間を一人ずつ呼んでいこうと思います。それじゃ、カモン!』


 銀情めたんの周りに、一人、また一人と他のユーザーが集まっていく。そして、ワールドのキャパシティである四人がカメラに収まった。


『えー、このワールドは一度に四人までしか入れないようになっているんですね。つまり、ここに映っている四人でもう既に満員というわけです。しかーし! ここにもう一人、追加で呼んでみせましょう。カモン!』


 画面外からもう一人、別のユーザーが現れた。こちらに向かってひらひらと手を振っている。


『おやおや、おかしいですね〜。四人までしか入れないはずのワールドに、五人も入室している。それにほら、この壁。なんとすり抜けることができるんです!』


 銀情めたんが奥の壁にすーっとめり込んでいき、アバターが完全に見えなくなった。それから彼は頭だけを壁から突き出して、ハハハと笑う。


『実はこれ、簡単なトリックです。なんとこのワールド、ワタシが本物そっくりに組み上げた新規のワールドなんですよ! ここに設置してある家具や小物類は、全て3Dモデルの販売サイトで簡単に入手できました。そして、ワタシがアップロードしたこのワールドは、当然、ワタシ自身が設定を決めることができます。そう、入室できる人数の上限を五人に設定したのです! そしてこの壁にはコライダー――いわゆる当たり判定が設定されていません!』


 やはりそう来たか。

 自分で作ってアップロードしたワールドなら四人という人数制限は無いし、壁を貫通させようが好き勝手できると。

 まあ、想定通りだ。


『そして、あの幽霊の使っていたアバターは通販サイトで販売されているものでした。それをこのようにして……ワタシの手元でマリオネットのように操って、自由に動かすことができます! ほら、アバターの上に表示されているネームプレートも、あの幽霊と全く同じ〈SigL〉になっているでしょう? このネームプレートのテンプレなんて百円で手に入りました。本来はNPCに付けるための飾りですね。さあ、これがあの心霊動画の正体です! メタバースの幽霊なんて、実在しない! これが、メタバース愛溢れるワタシの答えです!』



 動画が終わった。ほむるが、ぱちぱちと拍手をする。


『うーん、素晴らしい推理、そしてクリエイティビティだ。関心したよ。銀情めたん君は本当にメタバースを愛しているんだね。彼のYouTubeチャンネルは概要欄に貼っておくから、この動画が終わったら是非見にいっておくれ』


 確かにこれは、メタバースに対する愛の証明になっているかもしれない。

 一方で、俺は俺のやり方で全力の”回答”を提出した。果たしてどちらの解釈が受け入れられるか、いざ勝負。


『次で最後の回答だね。ワトソンネーム・フォレスト君より、動画タイトル「メタバース除霊」とのこと。それじゃあ、再生するよ』

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