第53話 死闘の末


 目の前で火花が散る。頭から血を流したテワオルデが技を繰り出して敵の攻撃を防いだ。敵2人は再び一歩下がり、不満げに舌打ちをする。

 

 濃い褐色の肌を持つ女性は、テワオルデとの戦いで満身創痍になり、うずくまっている。一歩も動けない様子だ。しかし、テワオルデ自身も体中に傷を負い、その出血量は心配するほどだ。だが今はそのことに心を置く余裕はない。


 マリの方を見ると、ピンクの獣人ケモナンを圧倒していた。獣人ケモナンは血を流しながらも、必死に攻撃を続けている。その速さはまるで疾風のようだが、マリは完全にそれを防ぎつつ、間髪入れずに反撃して相手にダメージを与えている。


 テワオルデは静かに話しかけてきた「周囲に気を取られている時間はありません。敵もかなり消耗しています。よく耐え抜きましたね。次の一手で決着をつけましょう」そう言って、彼は剣を構えた。


 敵の2人は撤退を考えているようだったが、構えは崩さず、ただ顔色は次第に悪くなっていた。

 

 テワオルデが駆ける。声にならない声を出し剣を振るう。強力な衝撃波が敵を襲う。その瞬間を見計らって、俺も全力で走る。


 敵の隙を狙って剣を振るうが、逆に攻撃の隙を狙われカウンターされる。強い! 初動が遅かったか!

 

『焦らないでください。敵の動きは明らかに鈍っています。テワオルデの動きをよく見て、流れに合わせて剣を振ってください』


「了解!」と言い、2人に次々と攻撃を仕掛けていく。


 テワオルデは敵2人に対して圧倒的な動きを見せていた。俺も何とかその動きに合わせて1人の敵を斬りつけた。血が噴き出す。バリアを超えて、敵に初めて傷をつけた。相手は苦痛に顔をゆがませる。その隙を見逃さず、テワオルデが追い討ちの一撃を加えた。


 その合図に、ミラクルが促すように声を張り上げた『今です! 必殺技を放って!』


 やっぱり使わないとならないか……完全に、敵のガードを解けた今が好機!「ミラクルプリリー! ミラクルプリリー! そしてもう一丁ミラクルプリリー!」


 必殺技の3連撃を繰り出す。敵2人は最後の力を振り絞りバリアを展開し、死を免れる。だが、膝をつき一歩すらも動けない状態に陥った。呼吸が荒く、限界だと顕著に現れていた。


「く、こんな奴にやられるとはな……」

「くそだせぇ名前の技にやられて、マジで下がるわ」


 テワオルデが敵2人の首に剣を突きつけながら俺に問いかけてきた。「どうしましょうか?」

 

 その時ミラクルが慌てて叫ぶ。『この2人は! ちょっと待ってください』


 俺も慌てて言った。「テワオルデさん、とどめを刺すのは少し待ってください」


「この人達に情けをかけるべきではありません。彼女らは、これまでにも多くの人を殺めてきたのでしょう。闇討ちには即座の処断が求められます」とテワオルデは言い、歯を食いしばりこちらを睨む顔2人のうち、一方の喉元に剣先を当てた。


『今、2人のステータスを読み取ることができました。かなり重厚なBrynkの保護が解かれたため、より詳細な情報が手に入ります。この2人も、封印されし魔人のようです』


 ――封印って? マリと同じような、極悪の魔人のてことか? 脱獄したという残りの4人が彼女達というわけか。


『はい、その通りです。力は自らを王と名乗るマリほどではないにしろ、封印されていてもこの力ですからね。相当強力な魔人だと言えるでしょう。ただし、マリのような3重の封印ではなく、2重の封印が施されているようです』


 ――なるほど、それなら、この2人を今すぐに処断した方がいいのではないか?


『マリのことが気になります。彼女たちはマリの仲間である可能性があります』


 ――仲間かもって、でもマリは今、その1人と戦っているぞ。


『封印の詳細が把握できました。それによると記憶の消去と、力も大幅に抑えられている。私の考えを付け足すと、姿も変わっていると思います。おそらく元の姿はおぞましい魔人でしょう。姿が変わったと判断した理由は力の衰弱状態の名残りと暴力的な口調などでの独自判断です。記憶が消えているタイミングはかなり以前のようです。タイミングがいつなのか、また、姿を変えたのは脱獄する前か、それともそれよりも前だったのか不明です。記憶が消えたのと姿が変えられたタイミングが同じなら脱獄するかなり以前、いや、捕まって収容所に入る前かな?』と何やらぶつぶつと考え込みながら話している。


 ――つまり、どういうことなんだ?


『封印が解かれたとき記憶も戻る可能性があります。もし彼女たちが本当にマリの仲間だとしたら、記憶が戻るときマスターはマリに殺されます』


 ――まさか、マリにも記憶がないのか? そんな話、初めて聞いたぞ。



『現状分析すると、マリも彼女たちと同じ種類の封印を受けている思われます。記憶を失い、力のほとんどを奪われている。このような惑星で、目的も無くただ彷徨さまよっていること自体おかしいでしょう』


 たしかに、俺の必殺技が可愛いからという訳の分からない理由で、付いてくる暇な人などそういないだろう。初めて会ったときも、村にいた理由がただ飯にありつくためと言っていたからな。


 ――でも、マリは自分でいくつもの組織から追われているというのは憶えているみたいだぞ。前にそんなことを言っていた気がする。


『彼女にはその時点での記憶はあるんです。記憶を失ったのは、それよりもずっと前のことですから』


 ――記憶を失い、力を弱められた状態で、最強クラスの犯罪収容所のSSS-Bトリプルブルーエス収容所に収監されるか? それほど力があるのか?


『たしかに、それはそうですね』


 ――おい! しっかりしてくれ。最高のAIなんだろうおまえは!


『だから私は魔法少女と言ってるでしょう!』と声を張り上げる。


 ――なんなんだよ一体。おい、これからどうすれば良いんだ!

 この一刻を争う緊迫した状況に、俺は焦り、語気が荒くなる。

 

『………………』


 考えがまとまらずに黙ってしまったのか。なぜこんなにかたくなに4人の処断を嫌がるんだよ。ミラクル自身、答えが分かっていないみたいなのに。


 2人に目を向けると、徐々に力が戻ってきているのか、手の指を動かして確認している。


「ウエノ様。私はあなたに従います。しかし理由も分からずにただ考え込んでいる間に極悪人を逃がすわけにはいきません。そろそろ時間です」


 テワオルデは、2人が回復し始めているのを理解しているようだ。俺がすぐに指示を出さなければ、彼は今にでも仕留めるだろう。マリの方を見る。プライドの高いマリが何故か本気になっていない。もし、本気ならピンクケモナンはとっくの前に倒しているはずだ。見るに堪えないほどの出血と傷だらけの身体だが、致命傷は負っていない。


 どうすりゃいいんだ! 頭を搔きむしる。


 ミラクルが気になる。マリも気になる!


「分かったよ! やめです! テワオルデさん、彼女たちを解放してください」


 テワオルデの眉間にしわが寄る。


「何を言っているのか、ご理解されていますか? あなたはこれ以上の被害を増やそうとしているのですよ」


 ピンクのケモナンが傷だらけの体で褐色肌の女性を抱え、2人の横に並んで立った。もう戦う意思は感じられない。マリはその場でじっと4人を見ているが、追撃する様子はない。テワオルデだけが、この状況の危うさをよく理解して焦りを隠せないようでいる。


 俺は大きな声で叫ぶ。「4人に従ってもらう! ハンターキラーを辞めて、この惑星から出ていけ! 今回は見逃してやる。でも、次にまた被害者を出したら、必ず見つけ出して殺す! 記憶が無いんだろうおまえら? これ以上、バカなことはするな!」


「ち! なんだよこの野郎、殺すなら今殺せ! オレはなぁ何度でも犯罪を繰り返すぞ」

「こいつマジでキテるぜ。くそだせぇ上に頭がイってやがる」

「ウェイウェイ! ムカピンモゲッてる。イラ300度でバチョリンか! ダサ顔チキ装備のくせしてムカピカ王子かよぉぉ」

 

 助けてやってるというのに、罵声が飛び交い腹立つな。ピンクは何を言ってるかさっぱり分からないし。やっぱり、テワオルデに仕留めてもらおうかと思ったその時。


「まあ、今回は借りにしてやるよ。いくぞ!」

「「「うぃーー」」」


 いつの間にか、傷ついた彼女らも最小限の回復はしていたらしく、近くの木の高所へと飛び上がり、木々の間をすり抜けてそのまま姿を消してしまった。


 テワオルデは俺の方を振り返り、「本当に逃がしてよかったのでしょうか?」と問いかけてくる。


「あ、は……はい」と自信がないままうなずく。本当に、逃がしてよかったのだろうか……。


 マリは何を考えているのか読めない表情で、じっと4人が逃げた方向を見ていた。


「とりあえず。街に入りましょう」


 俺とテワオルデさんは全身に痛みを抱えながらも、街への道を歩き始めた。ケガをした体を抑えながら、ホテルを目指してゆっくりと歩を進める。これからどうなるのか、不安が心をよぎるが、今はただ休む場所に辿り着くことだけを考えていた。

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