第38話 必殺技


 

「ミラクル・プリリー!」


「ミラクル・プリリー!」


「ミラクル・プリリー!」

 

 人気のいない深い森の中、大きな声がこだまする。


 消費MPも低く、そして威力は絶大だ。木に向って必殺技を繰り広げる。声を大きくして感情が乗れば乗るほどその威力も増す。素晴らしい必殺技だ!


 剣を地面にたたきつける。


「ふざけんな! いつ使うんだよ、こんな名前の必殺技!」


『それはその人の好き好みです。正義のヒーローが、囚われた姫を救うべく、悪のボスを倒すときに使えるじゃないですか。それに大切な剣を地面にたたきつけるなど、剣士の風上にも置けません』と、ため息混じりにミラクルはいう。


「たしかに、剣を叩きつけるのは反省。もうしません。だが、そういうシチュエーションでこの技を使えなくした、あなたも反省してくださいね」


『分かりました。もっといい名前を考えます』


「いや、俺が考える。お前は考えなくていい」


『どういう意味ですか!』


「お前にセンスが無いっていう意味だよ!」


 突然後ろから「どうなされたのですか?」と声が聞こえた。


 我に返り振り返る。そこには赤い髪をした清楚な女性がカゴをもって立っていた。


「え、あ、やべ」声が出てた。こんなところに人が来ることもあるのか。


 Brynkに搭載しているおかしなAIと、話していたと弁解しようとする。


 その時慌ててミラクルは『待ってください! Brynkで私のようなAIが搭載されているのは、この極秘超高性能のBrynkだけです。あまりそのことを知らせないほうがいいでしょう。目立ってしまいます』といった。


 なるほど、そうだよな。市販化しているBrynkにこんなバカげたAIが搭載されてたら、そんなものとっくの昔にクレームで生産中止になってるっての。


 頭に激痛が走った。思わず頭を抱え膝を地面に付ける。「いてててて、ごめん、うそ! やめて!」最近ミラクルは不機嫌になると、大声で泣いて迷惑をかける行為から、直接頭痛を起こすようになった。


 赤髪の女性は、それを見てさらに怪しむ顔をして、目の前の不審者からいつでも逃げられる体勢をとっている。


 このまま、怪しい人で通す方が楽かもしれないと思ったが、テワオルデさんに迷惑をかけられないので、気を取り直して立ち上がった。


 襟を正し、「失礼、私はたまに意識が飛ぶみたいで……でも、大丈夫です」と平然を装う。


「は、はあ」余計怪しむ顔をしている。


『たまに自分の意識が飛んじゃう人ってヤバいでしょ、全然大丈夫じゃないって』と言い、ミラクルはツボに入ったらしく笑い転げている。


「おまえのせいだろ!」おっといけない。咳払いをして再び平然を装う。


「おほん。失礼。最近ここに来たハンターでして名前は……」


 そうだ、名前は偽名を使っている。


「タメラト・ミラです。あまりこの場所に慣れていなくてつい不安になり、声を出しながら歩いていました」


 ぷーっとミラクルは吹き出して『慣れない場所で不安になったら、大声で独り言をいう人ヤバすぎるでしょ』と言いながらツボりつづけている。


 本当にこいつをシャットオフしたい。


「ハンター様ですか! まさかお1人で討伐を続けているのですか?」


「それが、先日何とか1人で討伐は出来たのですが、まだまだ1人では戦えるレベルではありません」


「1人で討伐! 神様の救いかしら。私達の集落に最近モンスターが毎日のように出て困っているんです。はぐれモンスターらしくその一匹を討伐できれば安心なんですが、わざわざパーティー数人を要請するほどでもないし、だからといって私達で倒すことも出来ないので困っていたんです」


「そうですか、だが……」


『マスター、困っている人がいる。マスターはそのモンスターを倒す力がある。選択は1つしかないじゃないですか』


 と余計なことをミラクルは言う。だが正論だ、困っている人を助けるか……それも生き残された自分の運命なのかもしれない。


『さすがです! これで、必殺技を披露できますね!』


 だから、それがネックなんだよ。大勢の前で使いたくないんだよ。あの技。


「分かりました、引き受けます」と答えた。


「本当ですか! 良かった。実は先ほど大きな木が、砕かれる音がしてハンターが繰り出す技じゃないかと思っていたんです。なんていう技なんですか? すごかったです」


「あ、はは。そんなことしたかな。技の名前ね……。……その木を砕いたの自分じゃないかも」


「そんなご謙遜を! 実力を隠すなんてまさに勇者様みたいです。かっこいいです」


 おいおい、ハードルを上げないでくれ。


「それで、あの大木を砕く技はなんていうんですか?」


 ……しつこいな、なぜ、そんなに技の名前知りたいんだよ。


「いやいや、技の名前なんてどうでもいいですよ。あまり覚えてないですし」


「技の名前を憶えていないなんてそんなことありますか? 本当に覚えていないのですか? 自分の技の名前を忘れる?」


 なぜ、こんなにしつこいんですかこの人。


「えーと、薙ぎ払い剣といいます」


 もういいや、面倒くさい。嘘ついちゃえ。


「へ、へー」


 しつこく聞いてきたくせに随分薄い反応だな。


「では、さきほどミラクル・プリリーと叫んでいたのはなんです?」


 聞こえていたんかい。


「い、いや……そんなこと声に出したかな。風の音や、木の砕ける音と混ざっていたのではないですか。あはは、どうでもいいじゃないですかそんなこと」


「いえいえ、はっきりと聞いていましたよ。3回言いましたよね。大きな声で叫びながら。その真剣な顔とのギャップがありすぎて、笑うのを必死にこらえてました」と今でも思い出し笑いをしそうな顔をする。


 あ、この女性、性格悪い人だ。

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