Episode 029 出発は、ある意味では出陣のように。


 ――後にした。今はもう名もなき宿。春日はるかさんのいる宿から出発した。



 意を決したような表情の陸君りっくん。その後を、私は歩く……


 どう声を掛けていいのか? 或いは黙っていた方がいいのか? それでも脳内で言葉を捜している私……一遍に、衝撃の事実を心に受けた陸君。傍にいた私も、整理のできない脳内。その何万倍も陸君は混乱していると思われるの。だから、だからね……


そら、今日は髪、下したままでいいのか?」


 と、陸君は唐突に問う。思いもしなかった質問と、陸君の振り向いた時の表情。実は忘れていたの。いつものポニーテールにするのを……「ちょっち気分転換」とか答えたの。


「まあ、たまに大人の雰囲気もいいか……」


「ウフフ……陸君、褒めてくれたね。今日は君を帰さないとか」


「ああ、その気だ。キスだってまだだしな」と、サラリと言う陸君。ボン! と、そんな最中で、私の脳内はショートした。思い出されてしまったの、露天風呂での出来事……


 全裸でキス。春日さんが唇を重ねてきたこと。

 唇に蘇る感触。ボワッとした柔らかい感触を。


「春日……姉ちゃんはカウントに入らないから。空とのキスこそがファーストだから」


 その言葉に、私は得る、安心感。


 その裏側ではドキドキ感も否めなかった。肩を寄せる陸君……って、ほらほら、忽ち注目の的だよ。ここはもう『2023となみチューリップフェア』の会場の中にあった。


 円柱の上に尖った屋根。赤い屋根が特徴な建物こそが、この会場のトレードマーク。大きな時計台だ。そこから広がるチューリップたち。赤、青、黄色の……それだけではない色彩豊かな微睡む夢の世界へ。ここからの道程は、これから決めてゆく道程。未来へ広がる道程だ。春日さんは決めたの、これからの道程。椎名しいなのオジサンの元へ帰ると……


 私が大阪へ帰る時期に。つまりは入れ替わりだ。そして陸君は、私と一緒に大阪へ行くと。私のパパとママがいるお家で、暮らすことになる。もうその約束は用意されていた。



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