Episode 002 なりたいもの?


 ――何もなかった頃は、きっとその日暮らしだった。



 普通の子のように、普通のままで。


 でも、普通って何? お家に帰ってから一人で、積み木をして遊ぶこと? お外に出ても行く当てのない。でもでも、お外に出て、人と、この様にして電車に乗るのも……


 少し前までは、できなかったから。


 皆が皆、私にスペースを与えない程に、声なき声で威圧してくるの。……ううん、気のせいだって何度も言われた。或いは言ってくれた。そんな子が、今は目の前にいる。


 鬼嶋きしまりく君。私と同い年の男の子。小松から乗り合わせて、私と同じ場所へ向かう。


「今日も撮ったのか? 電車の写真」


「ううん駅の写真。夏休みまでには全部撮るよ、金沢までの間の駅」


「どうせなら目標はでっかく北陸本線を制覇するっての、どおよ?」


「それじゃあ、間に合わないよ……夏休みまでに」


「へっ? 期間限定なのか、そら


「そうだよ、陸君りっくん。私たち二学期には大阪へ行っちゃうんだよ。……って、そう言ってなかった? パパとママのお家に帰るんだから。それにお姉ちゃんもいるし……」


「……もう大丈夫なのか? 無理なら、俺の家に来ても」


「大丈夫。……と思う。陸君が一緒なら。それに、私はなりたいものがあるの」


「それって……」


 固唾を飲む陸君。


「ヒーローになる」と、私は胸を張って言った。


「それで俺から、鬼嶋流空手を習ったってのか?」と、怪訝な顔をして……という表現よりも、何だか呆れた顔をして陸君が言うものだから、私は「大真面目なの」と声を大に。


 すると周りの乗客たちが、視線を一斉放射した。


「と、とにかくそういうことだから」と、ササッと話にケリをつけた。



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